1/2「遊真、メガネくん」 「! 迅さん」 喧嘩を吹っかけてきたとも言えたA級隊員の緑川と遊真の一戦が終わり、周囲が誤解していたと思える僕と風間さんの一戦も無事に誤解が解けた後であった。タイミングよくこの場に登場したのは玉狛支部に所属する迅さんであった。迅さんの登場に緑川がはしゃぐ姿を見れば喧嘩の原因が嫉妬であったことを遅れながら知ることになるのだ。 サイドエフェクトでも今までの出来事を視たようで、迅さんは多くを語らず口元に笑みを浮かべていた。そして、遊真と共に緑川の様子を振り返るのだ。 向かう場所があるようで歩きながら二人の会話に耳を傾けていた時、そうだと一言、迅さんは笑みを浮かべてみせた。その表情がいつもの含みのある笑みではないことが印象的であった。 「葵さんはどうだった? お前ら気になってただろう」 尋ねる表情を見れば、求められている答えが自ずと口をつくのだ。 「凄か「気に入ったぞ、おれ」 僕の言葉を遮るように言い切った遊真の視線は挑戦的と言えるものがある。 その言葉の裏には本人である葵さん、そして風間さんに向けた言葉の裏付けともいえるものがあり、僕は口を閉ざすしか出来なかった。 「なるほど、ね。まあ、葵さんは誰とでも仲良くなれるタイプの人だからさして驚かないけど」 「……」 普段の迅さんは、どちらかと言えば飄々としており掴みどころがなく本性を隠すことが殆どであると僕は認識していた。その為、今、眼前で繰り広げられているやりとりをただただ唖然として見つめるしか出来ないでいたのだ。 分かりやすく棘がある言い方をしたのはワザとなのか、或いはごく自然と無意識に出たものなのだろうか。 迅さんを前に葵さんの話題を出すのは得策でないと考える反面、先ほどから気にかかっている点がどうしても僕の胸中で燻るのだ。 意外にも口を開いたのは今まで静観していた千佳であった。 「葵さんって、どうして狙撃手なのに遊真くんに勝てたんだろう」 風間さんは葵さんの凄さをサイドエフェクトだと説いていた。しかし、見えているだけで迅さんのサイドエフェクトである未来予知とは異なり、相手の行動までが視えている訳ではない。 千佳の疑問は一見素朴な疑問に思えるだろう。しかし、狙撃手としての教育を受けている千佳からしてみれば、撃った後は逃げる、隠れるが当然であり、サシで戦うことになった時の起動力の差は目に見えているので疑問に思うことも無理ないと考えてしまう。 それに、――葵さんのとった行動が決して“狙撃手らしい”行動とは思えなかったからだ。 「あー、」 迅さんは千佳の質問に対して言葉を濁す。苦笑いを浮かべてしまえば状況を説明せずとも迅さんにはなんとなくの光景が浮かんだのだろう。そんな表情だ。 「さっきの遊真の言葉を借りれば、葵さんは理詰めな戦法で攻めるのが正攻法なのかもしれないけれど、あの人と風間さんが決定的に違う所は本能のままに行動することも多いんだよね。ふと脳裏に過った妙案があれば、例え自分の頭の中に定説なプランがあったとしても、平気で塗りつぶしちゃう人」 「平たく言えば、天才?」 「うーん、行動力で言えば天才かな。どちらかと言えば発想が柔軟なんだと思うよ」 まあ、狙撃の腕は確実に天才の領域だけど。 続けざまに告げられた言葉はA級隊員である狙撃手の放った銃弾をすべて撃ち落としたとか。そんな芸当が出来るのかと唖然として聞いていれば、それまで黙っていた遊真が迅さんを見たことに気付く。 「葵さんに再戦を願いたいなあ」 「ははっ、あの人は気まぐれだからなー。まあ、今から会いに行くから聞いてみれば?」 城戸指令に呼ばれてるんだ。 そう続けた迅さんの言葉に僕と遊真は顔を見合わせるしか出来なかった。 …… 「ううー」 風間隊、隊室の前。そこで正座させられている私と、そんな私の正面に立って仁王立ちをしている蒼也の図は周囲から見れば相当奇怪に映った。 「反省しているのかと聞いてるのだが?」 「反省してるよ! ……って言わないと怒ったままなんでしょー。やっぱりガミガミ五月蠅い」 「今何か言ったか?」 「イエ、ナニモ」 正座のまま何分も座らされていると足が痺れてまともに歩けなくなる。さて、この状況をどう打開するべきか。目くじらを立てる蒼也の小言を流しながらも脱出方法を思案している時であった。笑い声が徐々に近づいてくるのが聞こえる。 「ぶはっ、葵さんなにやってる訳?」 国近ちゃん、そして出水を引き連れた太刀川の登場に瞬目するしかない。隊室が近いと言えど、こんな形で出会うとは考えていなかった。 吹き出す太刀川に驚き目を見開く出水。国近ちゃんに至っては新しいプレイかと聞いてくる始末だ。 「違うよ国近ちゃん。私が脱走したって風間様がお怒りになってるんだ」 「脱走、」 「けどね、酷いんだよ? 城戸さんが減給だって! こんなにしっかり働いてるのに酷くない? で、C級隊員たちの誘導と指導をして減給を防ごうとしたら風間に怒られてるんだ。なう」 状況を理解したのか、成る程と一言、太刀川と出水は納得したようであった。 そんな姿を見ながらゆっくりと立ち上がれば蒼也に睨まれたが、そんな彼にも伝えていないことがあったので誤魔化すように笑みを浮かべてみせた。 「(あの場に緑川が居たから戦ったなんて言えば、またどやされそうだもんなあ)」 三雲くんが蒼也と戦った。それに加えて彼らは迅の後輩と言える立ち位置だ。さらにさらに、A級である私が遊真と戦えば? 彼の興味、或いは嫉妬の対象が彼らとなるのだ。 初めはそこまで考えていなかったものの、スコーピオンを得物として扱うのだと分かれば、自然と私の行動は限られたものになっただろう。正隊員になればメインとして扱う得物以外にも様々な武器があった。緑川はグラスホッパーの使い方が上手だし、それを教えてもらえる先輩が数多く居るのも成長には必要不可欠だろう。 「(初めは迅の後輩ってだけだったけど、中々面白かったからつい手を焼きたくなるよねー)」 次々と入ってくる後輩と言える隊員たちを全て覚えることは出来ていないが、迅の後輩となれば今後も何かしら関わる機会が増えてくるだろう。 今にも鼻歌を歌いかねない私を一瞥した蒼也は小さなため息を吐きだした後、私の手首を掴んで引っ張る形で歩き始めた。 城戸指令に呼ばれている。そう告げた彼を見て、会議の後に正座させれば良かったんじゃなかったのだろうかと他人事のように考えながら引き摺られる。 ← |