はじまり


俺・沢田綱吉は、以前に比べると大分度胸というものがついたと思う。他の人より苦労――というか気苦労だろうか――が多い生活を送っている。
それはもう……ハチャメチャな生活だ。後少しでも順応が遅ければ、俺の胃には穴が開いていただろう。これも生存本能というものだろう。

リボーンが来てからというもの……俺の黒歴史やらトラウマやらは増えまくりだ。
京子ちゃんに死ぬ気で告白したのを初めに……持田先輩、獄寺くん、山本、とどめに雲雀さんと本当すごい人と関わってきた。
まあ、皆すごい実力を秘めた……いや、秘めずに存分に発揮してるか。あの人たちと関わりたいと思っている人間も沢山いるだろうし、そんな人だから俺の人生の内で関われるのは本来ないことで…ある種幸運、と言えるのだろうけど。

俺だって今の生活が楽しくないと言ったら、嘘だ。色々な騒ぎも不本意ながら、ね。
それでも、もう少し落ち着いた生活をしたいと思う。リボーンがいるだけでそんなこと無理だとはわかってる。だけど…………こう頻繁に「非日常」だと、文句の一つや二つ言いたくなるってもんだ。


――今日だって、また。


「お前に会わせたい奴がいるんだぞ。」

あ、ろくなことじゃない。
瞬間そう思った。最近の雲雀さんのこともあるし、リボーンが学校にいるなんて嫌なことの予告みたいなものだ。しかも会わせたい奴?またマフィアに決まってるじゃないか。

ただしそう思ったところで、リボーンから逃げられる訳でもない。

「反論は認めないぞ。答えははいかイエスか喜んで、だ。」
「選択肢ねーじゃねーか!?」
「当たり前だろ。」

無駄に堂々と言い放った家庭教師に、なんとか逃れる方法を考える。だが、自分のない頭の出す答えはいつも同じ……“諦めろ”。
役立たずの頭め、と自分自身を罵るとどうしようもない虚しさからため息がこぼれる。
俺の心中を知ってか、リボーンは一度はんと笑った。

「何も難しいことじゃねーぞ。ちょっくら生徒会室に行ってこいってことだ。」
「生徒会室?」
「そのくらいお前でもできるだろ。」
「うん、まあ………。」

生徒会――普通の学校だったら委員会のトップなのだろうけど、ここ並盛中学においては違う。何せ絶対的王者として風紀委員が君臨しているのだ。
規律を乱す者を罰するのが風紀委員で、生徒会は学校行事の運営を担っていると聞く。役割は全く異なるが、では全く関わりがないかと言えばそうでもない。行事運営の際、学校の最高権力者である風紀委員長との面会は必要不可欠だ。

なので生徒会役員に立候補する人間などいやしない。慢性的に人手不足らしい。

そのため生徒会役員の選出は教員の推薦により行われる。推薦と言えば聞こえはいいが、要は押し付けられる訳だ。
基本的には頭が良くて大人しい人が選出されてしまうらしい。
…………なんとも哀れなことである。
今期の生徒会長なんかは、相手があの雲雀さんだ。まだ一学期の始まりなのに、もう何度か心労で倒れているのだ。


そんな人達だから、例え生徒会室に行ったとしてもこの間の応接室みたいな事にはならないだろう。……そこは安心なんだけれど。
でも、だとしたらリボーンが会わせたがる理由がわからない。

首を傾げる俺に、リボーンはニヤリと笑った。





*****
さて、何と言って入室しようか。

場所は、目的地の少し手前。そこまで来てからはたと気づいた。生徒会室に入るなら、何か理由を作らなければ。ただ入って、怪訝な視線を浴びるのなんか嫌だ。リボーンには「いいから行け。」としか言われなくて、何も目的を教えられてない。
とりあえず、何かこじつけでもいいから理由を……。
廊下の途中で急にピタリと動きを止めた俺は、普通に変な奴だろうが、ここには俺以外いない。応接室同様生徒会室も生徒の通りが少ないところにあった。
放課後は静かだし、大きな窓があるので明るくてポカポカしている。なるほど、確かにいい場所だけど、雲雀さんと接触するというリスクを背負ってまで欲しい場所じゃない。
……そう考えると、生徒会というのは本当哀れだ。何せ雲雀さんに飽き足らずリボーンにまで目を付けられたのだから。

(そんな人達に、これ以上迷惑かけたくはないんだけどなあ………。)

そうは思うが、俺もリボーンには逆らえないんだ。

ごめんなさいと心の中で無責任に謝っていたところに、轟音が響いた。


――ドドド…ガガガ…………バキッ

「お前馬鹿じゃねぇか!?」
「ひどい!いいじゃんちょっとくらい!」

何かを引きずるような音と、何かを思い切り殴った音。
バキッという音と怒鳴り声と共に、生徒会室から転がり出てきたのは金色の髪。日本人離れした容姿だと一目で分かった。
そんな人から流暢な日本語が飛び出したのに驚きだ。

…………嵐の予感。

(こんな人、生徒会役員にはいなかったよな!?)

入学式でチラと見た程度だが、こんな目立つ人は見逃さないはずだ。

絶対この人だ、リボーンが急に生徒会がどうとか言い出した原因は……!イタリア人とか言わないよな、言わないよな!?

足を地面に引っ付けたままその人を見ていると、バチと目があってしまった。

「……誰?……ってあー!沢田綱吉じゃん!!」
「ええ!?なんで知って……!?」
「じろくんー!沢田綱吉だよー!!」
「聞けよ!!」

………しまった。ついいつものノリでツッコんでしまった。
だって絶対この人リボーンの知り合いだ。人の話全く聞かないし、獄寺くんを始めリボーンの知り合いはゴーイングマイウェイなんだから。俺の暴言とも言える発言を聞いていなかったことは、いいんだけど。

「沢田綱吉?誰だそれは。」
「ほら、あれだよ……あの問題児トリオの一人!」
「も……問題児トリオぉ!?」

それってもしかしなくとも、俺と獄寺くんと山本のことだよな!?俺そんな風に思われてんの!?
うなだれていると、金髪の人がとりあえず入りなよ、と背中を押してきた。


「んで、沢田綱吉は何しに来たの?」
「ええ、と。」

用事なんて俺にはないんだけど、どうしよう。リボーンの名前出したら通じるかな…?
チラと顔を上げると、金髪の人はニコニコしながら、黒髪のひとはすんごい顔で俺の方を睨んでいた。
怖ぇーよ!!会って数分しか経ってないのに、なんでこんな敵意向けられてんの!?

思わずひえ、と情けない声をあげてしまう。

「あらあら震えちゃって可哀想にー。じろくん、怖い顔しないの。」
「地顔だよ俺のは。」
「嘘つき。普通に機嫌悪いくせに。
主に俺のせいでね!だから気にしないでいいよ………あ、やっぱ気にしてくれてもいいや。沢田、気になるならちょっと手伝ってー。」

手招きをされてふと気づくが、部屋の有り様は酷いものだった。
机も本棚も……全てが何やら中途半端な位置にあるし、隅にある一番重そうな棚は壁向きに倒れてしまって雪崩を起こしている。無理矢理引きずったのだろう、床も傷ついてるし…棚がぶつかった壁は大丈夫だろうか。

これをやったであろう当人は俺に向かって呑気にそっち持ってね、あそこに動かすよー、と笑っている。

―――というか、これって。

「これ……雲雀さんに見つかったらやばくないですか……。」
「雲雀さん……?ああ、風紀委員長さんね。別に大丈夫でしょ。あの人だって散々破壊行動してるじゃない。」

――それはそうなんだけど……!
だけど、俺たちがするのと、雲雀さんがするのとでは大変、そりゃもうすっごく差がありまして……!
心の中で必死に説明するが、伝わる訳もない。
そもそも言っても多分分かってくれない、この人は。
すごく日本語うまいけど、日本人的な「察して」の思考回路は持ってない!!会って数分だがわかる。我が道を行く人だ。

……逆にそんなことをグルグル考えながらも、彼の「机はそっちね。」という指示にすんなり従う俺は、とてつもなく日本人的ではないだろうか。………Noとは言うのは難しいのだ。






「あー何とかなった良かった!ありがとう沢田助かったよー!」
「は、はは……良かったです……。」

慣れない力仕事でぐったりしてしまう。

――なんということでしょう。あのグチャグチャだった生徒会室が、すっきり整頓されました。まるでモデルルームのよう……。以前は雪崩を起こしていた棚も、今では素敵な収納スペースに!

テレレン、テレンテテン、と母さんが毎週見ていたリフォーム番組のBGMが脳内に流れる。

現実逃避をしながら薄ら笑いを浮かべる俺の前に温かいお茶が差し出された。反射的に受取り、そのまま飲み干す。
ほお、と一息つくと同時に深いため息が聞こえた。

「……メイ、お前何がしたかったんだよ。」
「ええー!?それ今じろくんが聞いちゃう?せっかく新生生徒会になったんだからお部屋も模様替えしたいって俺最初に言ったじゃん
!!」
「俺は必要ねえって言っただろ。新生って言っても俺とお前二人だけだ。……大体これ、お前が散らかす前の状態に戻っただけだろうが。」
「酷くない!?そんなことない、きれいになったもんね、沢田……!?」
「は、はあ……。」

俺は前の状態を知らないから何とも言えない。……けれどきっと、黒髪の人の方が正しい気がする。

ていうか、もしかして、もしかしなくとも。

「生徒会役員、変わったんですか?」
「あれ?あ、そっかー。正式に発表してないもんね。
なんか前の人たちが精神的ショックでやめちゃってさあ。新たに会長になりましたメイノ・キャバッローネです、覚えてね!こっちはじろくん………天名慈朗!」
「よ、よろしくお願いします………というか、お二人だけなんですね……?」

前は一応書記とか会計とかもいたような気がするけれど。

「だって誰もやりたがらないんだもの。」
「ああー……あー、なるほど。」

納得。
この人が会長なんて、絶対ハチャメチャな事になるに決まってる。雲雀さんに対してもこの調子だとしたら、本当に関わり合いになりたくない。
……せめて、メイノさんと天名さん、役職が逆だったらまだマシだったのではないだろうか。

「それで、本当に沢田は何しに来たのさ。」

「ええと………実は…リぶほぉ!?」
「ちゃおっす。」

俺の顔に飛び蹴りを食らわしたリボーンが、かっこよく着地した。リボーンのかっこよさのために俺は犠牲になった訳だ。
一瞬の沈黙の後、大爆笑が聞こえる。絶対メイノさんだ。あとはため息。これは天名さん。思い切り蹴られて痛む顔面を押さえている俺を心配する人間はいない。

「あははは!……あーおかしい。………久しぶり、相変わらずだね先生。」
「…………。」
「ちゃおっす、お前らが生徒会やらかすと耳に挟んだから来てやったぞ。」

リボーンの昔からの知り合いということは、マフィア関連なのはほぼ確実で。俺はまたこの色々とすごい人たちとお近づきになれる訳だ。……勘弁してくれ。
うなだれながらマフィアなんてもうやだ……と呟くと、ポンと肩を叩かれた。

「諦めな、沢田。リボ先生に目つけられたらもう最後だよ。……それに、俺の実家はマフィアだけど兄さんが継いでるからね。俺はそんな物騒なもんに関わる気はないから安心してよー。」
「そ……そうなんですか?」

安心……していいのだろうか。
だけどまあ、確かに騒がしい人ではあるが、リボーンの知り合いの中では、急にダイナマイト投げないし、殴り掛かってこないし、身体的には一番安全なのかもしれない。

わざわざ俺に生徒会室に来るように命じたリボーンは、それなのに少しの間メイノさんと談笑しただけで満足したらしい。
………なんだか拍子抜けだ。いや、別にいいけど。




*****
「なあ、なんで俺をメイノさんや天名さんに会わせたんだ?」

帰り道、リボーンに尋ねる。
だって、今までリボーンが出てくると必ず殴り合いとかになるのに。今日は無傷だし、死ぬ気にもなっていない。……いや……別に死ぬ気になりたい訳じゃないからいいんだけど、なんかこのまま終わると妙な怖さがある。
確かにあの二人と話すのは精神的に堪えるけど。

無駄に明るいメイノさんと、無口な天名さん。端から見ると限りなく正反対なあの二人が結構仲よさ気で驚いた。天名さんうるさいの……もとい、にぎやかなの嫌いそうなのに。
まあそんな感じでお互いに通じ合ってる二人だけど、そんな二人の間に入るのは疲れそうだし、どちらか一方だと神経が擦り減りそうだ。

「マフィアにはならないってはっきり言ってたしさ、まあ俺もならないけど。」
「意味はねーぞ。」

は?と思ってリボーンを見ると、リボーンはわざわざ塀に上って俺を見下げ、ニヤリと笑いながら言った。

「俺が暇だったからだ。」
「テメー……。」
「あいつら……特にメイノはよく何かやらかすからな。お前が知り合っときゃ俺が退屈しねーだろ。」
「おい。」

とてもいい笑顔でリボーンが言う。
一度リボーンから顔を背け、再びチラと目だけを動かして見ると、その笑みは消えていたけど。また顔を向けると、今度は楽しげにこう言い放った。

「という訳で、明日は獄寺と山本を連れていけ。」
「はあ!?なんでだよ!?」
「俺が楽しいからだ。」

もう本当に勘弁してくれ!



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