背伸びして選んだハイヒール
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 横抱きのままラッド様の部屋に通された。ゆっくりと、それはそれは丁寧にベッドの上におろされる。

 「いつからだ?」

 その行動とは裏腹にラッド様の声は固くて冷たい。

 「……ラッド様と一緒に挨拶してる時から、です」
 「ほとんど最初じゃないか……」

 ベッドに腰掛けた私のドレスの裾から覗くヒールに、背を屈めたラッド様が触れて、そっと脱がしてくれた。

 「……ひどいな」

 ラッド様が眉をひそめてぽつりと言う。爪先もくるぶしもズキズキと痛むけど、それ以上に隅に追いやられてしまったヒールを見て胸が痛む。

 (……やっぱり無理だったんだ)

 事の発端はラッド様と招待されたパーティーで、私が靴擦れしてしまったこと。あとそれを隠していたこと。
 いつもよりレースが少なくて落ち着いた色合いのドレスと、いつもよりほんの少し高いヒール。
 ラッド様の隣に立っても恥ずかしくないようにと選んだものが、結局はこうやって心配かける要因になってしまったのだ。

 「……すみませんでした。あの、パーティーを途中で抜けることになってしまって……」
 「セレナ、そこじゃない。こんなになるまで我慢してたことを怒ってるんだ。……俺が気付かなかったら、君はあのままダンスも踊ってただろ」

 ラッド様が私に怒ることなんてこれまで数える程もなかったし、今回はパーティーを抜けたことじゃなくて、私が無理をしたことを怒ってらっしゃるから余計に苦しい。

 「本当に、すみませんでした……」
 「……君が俺のためにって背伸びして頑張ってる姿は見てて可愛いと思うけど、それでセレナが無理をするのは良くないな」
 「え……?」

 なんだ、まさか俺が大事な恋人の変化に気付いてないとでも? と目尻を下げて幾分か柔らかい声でそう言ったラッド様に覗き込まれる。

 「そうだな、きっとこの前の舞踏会で俺が捕まってたあの令嬢を見て、セレナは今日のドレスを選んだんだろう?」
 「はい、あの……。すごく大人っぽい方で、ラッド様の隣に立たれてても、……とても、お似合いで……」

 自分で口にした台詞に追い詰められて泣きそうになるのをぐっと堪える。語尾がしぼんで小さくなっていったというのに、ラッド様の耳にはしっかり届いているみたいだ。

 「俺が一番隣にいて欲しいのはセレナ、君だ」
 「ラッド様……」
 「悩んでること、分かってたのに声をかけるのが遅くなってごめんな。……俺のことを想って頑張ってくれてるんだと思うと嬉しくてつい、伝えるのを後回しにし過ぎた。本当に悪かった」
 「そんな、ラッド様が悪いわけじゃないです……!」

 慌てる私を見ながら、ラッド様がすっと立ち上がった。

 「俺はそのままのセレナが好きだよ」

 その一言がささくれだった私の心にすーっと染み込んでいって、涙に変わる。
 ぽろぽろ落ちていく雫がドレスにシミを作って消えていった。

 (……ラッド様が好き)

 どうにかして伝えたくて、私はベッドから立ち上がった。足の痛みなんてどこかに飛んで行ってしまったのか、全然気にならない。
 それから腕を伸ばして、ぎゅっとラッド様に抱き付いた。
 好き、好きなんです。ラッド様が、好き。
 うわ言のように好きを繰り返して、その胸元に額を押し付ける。
 思い描く大人の女性とは全くもって正反対なのに、ラッド様は「今日のセレナは大胆だなぁ」と笑いながら優しく頭を撫でてくれた。
 
 「……顔、あげてごらん」
 「や、です……。ひどい顔、してますから……」
 「そうか、それは困ったな」

 くすくすと漏れるラッド様の楽しげな笑い声がすぐ近くで響く。

 「セレナにキスしたい気分だったんだが、嫌だと言われたら無理強いは出来ないからなぁ」

 続けられた台詞にぴくりと揺れてしまった肩は、ラッド様の目にも映っていたようで、頭を撫でてくれていた手が離れていった。

 (そんなこと言われたら、嫌だって言えないじゃないですか……)

 密着していた体を離すため身を捩れば、ラッド様は初めから私がそうすることを分かってたみたいに腕を緩めてくれた。

 「嫌じゃな……」

 見上げて全部を口にする前に、腰を屈めたラッド様に唇も台詞も奪われる。
 数秒しないうちにリップ音を残して遠のいたラッド様の唇が僅かに開いていて、吐いた息が漏れていった。

 「他の誰かじゃなくて、俺は君が良いんだ。こんなにも一生懸命に俺を想ってくれてるセレナが、可愛くて仕方がない」

 泣きじゃくってひどい顔の今でさえ可愛いと言いたいのか、ラッド様は私の目のふちに溜まった涙を親指でぬぐってみせた。

 「無理して背伸びしなくったって良いさ。俺にはセレナしか見えてないんだからな」

 他と比べるどころの話じゃないと、私を安心させるように囁いてくれた唇がゆっくりともう一度近付いてくる。

 「セレナ、君が好きだ」
 「……私も、ラッド様が、大好きです」

 嗚咽交じりの台詞だけじゃ思ってることの半分も伝えきれないから、私が感じてることすべてを優しく開いたその唇の隙間の中へ吸い込んで欲しい。
 どうか今すぐに、全部。


fin*





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