神様がいるなら、どうか今だけ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ※鷹司に正体がばれてる 「上様」 今晩はどなたと過ごされますか? と聞かれてごくりと唾を飲み込んだ。 ここは大奥で、私は将軍の影武者で、それでも本物が戻るまでは私が上様で。誰かと一晩過ごさなきゃいけないことも、その誰かを指名しなきゃいけないことも、未だ慣れないでいる。 あわよくば、なんて期待を持って声をかけてきたであろうこの人。その後ろからぐんぐんと近付いて来るのは、鷹司だった。 「家光」 名前を呼ばれたせいで、緊張の糸がぷつりと切れた。背後からの接近に気付かなかったその人は、鷹司を見て逃げるようにしてその場を離れて行った。 「……何絡まれてんだよ」 ぶっきらぼうな物言いだけど助けてくれたのは事実。鷹司に正体がバレて、思いが通じあった後も、これまで通りの関係を続けなければいけないから、素直にありがとうとは伝えられない。 「……助かった」 努めて冷静に。家光様としてお礼を言えば、鷹司が形の良い眉を寄せた。 「ちょっと来い」 「た、鷹司……!?」 私の腕を掴み歩き出した鷹司に引っ張られる様にして、彼の自室へと連れ込まれた。 「鷹司、こんなことしたら駄目だよ! 家光様と急に仲良くなったって噂がたっちゃう……」 そんな噂がたてば、鷹司は正室にさせられるだろうし、下手したら私の正体もばれてしまうかもしれない。良いことなんて何も無いのに、どうして危険を承知でこんなことしたんだろう。 「お前……。俺が通りかからなかったらどうするつもりだったんだよ」 噛み合わない台詞を吐いて、眉をひそめたまま私を見る。 「あのまま押し切られてたら、一晩あいつと過ごすはめになったかもしれないんだぞ」 そう言われて如何に危なかったかを改めて思い知った。たった一晩だけでも、私は無事でいられなかったかもしれないのだ。急に怖くなって思わず鷹司の着物の袖を掴んだ。 「……ごめんなさい」 「なんでお前が謝るんだよ」 「だって、私……」 「あー、もう良い。別に無事なら良いんだよ」 心配してくれた嬉しさと申し訳なさで、着物を掴む手に力を入れてしまった。その上に鷹司の手が添えられる。先程とは違って、ゆっくりと優しく。 「セレナ」 たった一言。名前を呼ばれただけなのに泣きたくなる。家光、ではなくて、私の名前。鷹司の声音が柔らかくて、余計に耳に残る。 「……セレナが無事なら、それで良い」 そう聞いた瞬間とうとう泣けてきて涙がとまらない。ぽろぽろと泣く私を、鷹司が困ったように抱き寄せた。 「泣くなよ」 「だって……」 「セレナに泣かれるとどうして良いか分からなくなる」 「鷹司、ごめんね……」 「……別に良いけどな。俺の前でだけなら」 驚いて顔をあげると、頬を赤く染めた鷹司が見える。 「こっち見んな」 恥ずかしいのか一言だけ呟いて、自分の胸元に押さえつけるように私を抱きしめた。 「俺を選べよ」 「私が選んだら、鷹司は正室になっちゃうんだよ? あんなに嫌がってたのに……」 そんなこと出来ないよと、最後まで言う前に鷹司が遮った。 「家光じゃなくて、お前に言ってんだ。こうやって泣くのも、無抵抗に抱きしめられんのも、俺だけにしろよ」 お前が他の男と居るのは嫌だと、確かにそう聞いた。 私の肩口に顔を埋めて、耳元で鷹司が囁く。 「……セレナ。俺は、お前が良い」 「そんなの私だって、鷹司が良いよ……!」 縋り付くように鷹司の着物を掴み直す。私だって鷹司が良い。許されるなら、鷹司を選びたい。 でも私じゃ選べない。選べるのは、セレナじゃなくて家光様だけ。 このままずっと一緒なんて夢物語で、難しいのは分かってる。分かってるけど、せめて、今だけ。誰もいないこの部屋で、二人きりで居られる今だけで良いから。 「鷹司、好き。好きなの」 「……セレナ」 「許されなくても、鷹司が好き」 言い終わると同時に鷹司の腕の力が増す。痛いぐらいに抱きしめられてるこの瞬間がずっと続けば良いのに。離れたくない。鷹司が好き。 いろんな気持ちを伝えたくて、でも伝えられない。鷹司もきっと同じで、応えるようにして私もぎゅっと抱きしめた。 「俺だってお前のこと……」 声にならない、掠れたような息遣いだけで「愛してる」と鷹司が言う。 fin* |