「ヅラぁ。」

ある日の昼休み。
教室の自分の席で本を読んでいると、待ち人に呼ばれ、桂は顔を上げた。

「ヅラじゃない桂だ。遅かったな、晋。」

幼馴染の高杉が、いつも通り、昼食のパンを片手にやって来た。
彼女は幼い頃、病で左目を失い、常に眼帯を付けている。

「悪ィな。担任に捕まってた。」

しつこいんだよアイツ、と文句を言いながら、高杉は教室に入る。桂は鞄から弁当を取り出そうとした。
その時、高杉が顔を近付け、ひそひそと小さな声で、

「なァ、この高校、昼休みは密かに屋上開放してんだって。」

行ってみねェ?と言い、いたずらっぽく笑う。
桂は、高杉の突然の提案に多少驚いたが、悪くないな、と答えた。











変わらないもの










「なァ、お前って、坂田の事好きなの?」



高杉が問うと、桂の口を出所に、カフェオレが綺麗な弧を描く。

「うわ!きったねェな!」

「ゴホッ…な…なん…」

口元を拭う事すら出来ないほど、桂は動揺していた。何故ばれたのだろう。そんな素振りは一度も見せていない、はず。
やはり、学級委員長に立候補したのがまずかったのだろうか。それとも、自分の坂田に対する態度が、無意識の内に変になっていたのだろうか。
自分の行動のまずいところを、桂は懸命に思い出そうとする。
高杉は、桂の口元をティッシュで拭ってやった。

「何でばれたかって?何年の付き合いだと思ってんだよ。お前の変化気付くのなんて、俺にとっちゃ朝飯前。」

「う…うむ。」

「あー、別に行動があからさまとか、そんなんじゃねーぞ?他の奴らは多分気付いてねェから、安心しな。」

「そ…そうか…」

高杉の言葉に、桂は少し安堵する。
だが、他人にばれたというのが恥ずかしい事に変わりは無く、頬を紅く染め、目を右へ左へと泳がせた。

「…何だかな、一目見た時から、先生の顔が頭から離れなくて…」

「ふーん。」

もう、高杉に隠しても無駄だと思い、桂はぽつりぽつりと、恥ずかしそうに話し出す。そんな彼女の話を、高杉はパンを頬張りながら聞いていた。

本当は、こんな風に話を聞いてくれる相手が欲しかった。やはり、一人で悩むのは不安なものである。
だが、桂はどうもこういう事に慣れていなくて、どう切り出したら良いものか、分からなかった。
だから、言わなくても自分の変化に気付いてくれた高杉に、少しだけ感謝した。

「別に…恋仲になりたいとか…そんな大それた事を思ってる訳じゃないんだ…ただ…」

言いかけて言葉に詰まる。ここから先の言葉を言うのは、本当に恥ずかしかった。出来るなら、言わずに済ませてしまいたい。

「ただ…何?」

パンを一つたいらげた高杉はにやりと笑い、わざわざ続きを言えと促す。
明らかに面白がっている高杉を恨みに思いながら、桂は意を決し、口を開いた。



「ただ…少しでも…先生のそばに居たい…と言うか…」



言葉として口に出してみるとさらに恥ずかしく、桂は真っ赤になって俯いてしまう。膝の上には、全く手を付けていない弁当があった。

「わ、恥ずかしい。」

高杉がさらりとそんな事を言うものだから、桂は真っ赤な顔を勢いよく上げ、彼女を睨む。

「う、うるさい!あぁもう、言うんじゃなかった!」

弁当の中の肉団子に箸を突き刺し、そのまま一口で食べる。高杉は、もう一つのパンの袋の口を開いた。

「いいだろ、別に。そんなの、恥ずかしいけど普通だぜェ?」

肉団子を飲み込んで、上目遣いで高杉を見る。彼女は桂を眺めながら、またパンを頬張っていた。

「普通…だろうか?」

不安げに、桂は問う。

あぁ、これだから色恋に疎い奴は。
高杉は、小さく溜め息をついた。

桂は昔から、その美しい容姿と真面目な性格から、男達に人気があった。だが、言い寄る男達を一度も気にした事は無く、男と付き合った事も、まして、恋をした事さえも無かったのだ。
これが正真正銘の初恋。まさか相手が担任の教師とは。本人にとっても予想外だったろう。

「ま、普通だろ。寧ろお前、今までの方が普通じゃなかったぞ。」

「何っ!?何故!?」

「何故って…あぁ、もういいや。お前に説明すんのめんどくさい。」

パンを食べ終えると、高杉は空を見上げる。それを見た桂は慌てて、殆ど手を付けていなかった弁当を食べ始めた。



少しずつ流れて行く雲を眺める。ふわふわと、形を変えながら漂うそれを見て、高杉は、ただ感じる。

全く変わらないものなんて無い。

色恋に全く興味が無かったこの幼馴染が、ある日突然恋をした。
心の何処かで、ずっと変わらないと思い込んでいたが、そんなはずは無いのだ。



視線を下に移す。夢中で弁当を口に運ぶ幼馴染の姿が目に入る。昔と変わらず、あどけないその表情に、高杉は、ふ、と笑う。

だけど、少しは変わらないものもある。

綺麗な長い黒髪が、さらさらと風に揺れていた。
たとえ、互いに少しずつ変わってしまっても、この関係だけはずっと変わらずに、と願わずには居られない。



また空を見上げる。雲は相変わらず、少しずつ形を変えながら、空を漂い続けていた。










「参ったなぁ。」

二人が去った後、屋上の入り口の裏側から、風に揺れる銀髪が現れた。
坂田は、青空の下で気持ち良く煙草を吸おうと、二人が屋上に来る前からそこに居たのだ。

ぼりぼりと頭を掻いた後、二人が来た事により、吸うタイミングを失っていた煙草に火を付ける。



「あんなこと言われたらさぁ、先生、本気になっちゃうよ?」



そばに居たい、と言った彼女の声を反芻し、坂田はふーっと煙を吐いた。





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