魔王に捧ぐ硝子の花 | ナノ


 ナズナとゼルダの置かれている状況は、監禁というよりも軟禁に近い。
 二人が閉じ込められている部屋はそこそこ広く、一通り家具も揃っている。身体を拘束されることもなく、部屋の中ならばある程度の自由は認められている。おまけに食事もそこそこ豪華な上に、ある程度こちらの要望も聞いてくれるという破格の待遇っぷりだ。閉塞感は多少あるものの、慣れればそれも気にならなくなる。
 だがそれでも、一室に閉じ込められているせいで運動不足になりがちなことに変わりはない。毎食しっかり食べられる環境なのはありがたいが、ここのところ体重も心配だ。
 それらを解消するため、ナズナは日頃から午前中に短剣の素振りをしたりゼルダにシーカー族流格闘術の手解きを受けたりして過ごしているのだ。
 この日ガノンドロフが訪れたのは、まさにその最中だった。

「ガノンドロフさん? 珍しいですね、こんな時間に――」

 扉を乱暴に開く音に振り返ったナズナは、次の瞬間その表情を凍りつかせた。
 ガノンドロフの全身に、殺気が漲っている。怒っているわけでも苛立っているわけでもない。ただいつもの仏頂面で立っているだけだというのに、心臓の鼓動すら押し潰されそうなほどの恐怖が腹の底から沸き上がってくる。
 近くにいるゼルダから怯えているような気配が伝わってくるが、庇うどころかそちらに意識を向ける余裕すら出てこない。
 ――少しでも目を離せば、喉笛を噛みちぎられる。そう思わせるほどのぎらついた光を、彼の両眼は放っている。今のガノンドロフはまさに、血に飢えた獣そのものだった。
 息もできずに固まっている二人に向かって、ガノンドロフは無造作に手を薙いだ。すると瞬く間に目の前がピンク色に染まる。そっと触れてみると、手のひらに冷たい感触が伝わってくる。いつかと同じく、結界に閉じ込められたのだ。

「……なんのつもりです?」

 声を微かに震わせながら、ゼルダが魔王を睨む。結界という壁ができたことで――例えそれがガノンドロフ自身が作ったものであったとしても――心にわずかな余裕が生まれたらしい。
 ナズナは口を閉ざしたまま、ガノンドロフの様子を窺う。彼は表情を変えることなく、金色に冷たく燃える目で傲然と二人を見下ろした。

「小僧が城に侵入した」

 淡々と告げられたその言葉に、ナズナとゼルダはそれまでの恐怖も忘れて結界越しに顔を見合わせる。
 ――彼が来た。そう思った直後、突然の浮遊感が二人を襲った。それがガノンドロフの転移の術だと気づいたのは、結界の外の光景ががらりと変わった後だった。
 久々の感覚に朝食を戻しそうになりながらも、ナズナはなんとか現状を確認しようと周囲に視線を飛ばす。四方を囲むステンドグラスと、壮麗で巨大なパイプオルガンがまず目についた。石造りの床は頑丈そうで、とてもガノンドロフの拳ひとつで抜けるとは思えない。見覚えのある光景に、ナズナはいよいよその時が来たことを実感する。
 そこは記憶にあるよりもずっと豪奢で寒々しい、城の最上層にある決戦の舞台だった。
 ナズナとゼルダは結界に覆われたまま、巨大なオルガンの足元に並んで立たされていた。その中間にいるガノンドロフが、扉の方に目をやりながら口を開く。

「城内に凝った仕掛けはない。奴がここにたどり着くまで、そう時間はかからぬだろう」

 低く固い、独白じみた声音だ。その声にふと結界越しに彼の横顔を確認したナズナは、ぞくりと背筋を震わせる。
 ――ガノンドロフの口の端には微かに笑みがのぼっていた。これから起きる戦いに期待してのものではない。その笑みは、弱者を蹂躙する悦楽の予感に舌なめずりする猛獣のそれだった。
 ある種の狂気すら感じるその表情に見入りながらも、ナズナは改めて彼が魔王であることを思い知る。

「リンク……」

 ガノンドロフの狂暴なまでの覇気を目の当たりにして、ゼルダが不安げに胸の前で指を組む。ガノンドロフはそんな彼女の祈りを嘲るように短く笑う。

「ハイラルの狭量な神が、貴様の祈りなど聞き届けるものか。その中で大人しく、小僧が無様に地に這いつくばるさまを眺めているがよいわ」

 ゼルダは顔を上げ、燃えるような青い瞳でガノンドロフをきっと睨んだ。

「リンクはあなたなどに負けません」
「ふん、その強がりがいつまで持つだろうな」

 鼻を鳴らすと、次にその鋭い眼差しはナズナの方に向いた。目と目が合ったその瞬間、首筋に刃を宛がわれるのにも似た恐怖が背筋を凍らせる。
 その刃が自分に刺さることなどないと分かってはいても、いとも簡単にこちらの命を奪うことのできる相手が恐ろしいことに変わりはない。こんな殺気に晒されながら、ゼルダもよく彼を睨み返せたものだ。
 あまりにも強すぎる眼差しに耐えきれずふと視線を落とすと、頭上で微かに笑う気配がした。

「ようやくそれらしい顔になりおったな」

 それらしい、とはどんな顔なのだろうか。恐る恐る目を動かしたナズナの視界に、わずかに顎を上げてこちらを見下ろしているガノンドロフが中途半端に映る。下から仰いだ彼の顔は表情を消していて、その感情は読み取れない。

「それほど小僧が気がかりか?」
「……そりゃあ、弟みたいなものですから」

 質問の意図が分からずに、ナズナは眉を寄せる。すると彼は下ろしていた腕を持ち上げて彼女を覆う結界に軽く触れた。

「じきにその懸念も必要なくなる。貴様の目も心も、あの小僧を映すことは二度とないのだからな」

 ガノンドロフの言葉に、ナズナは全身の血の気が引く音を聞いた気がした。
 ――彼は、リンクを殺す気だ。
 考えれば当たり前の話である。片や魔王、片や勇者。敵対する者どうしが最終的にどのような結末を迎えるかなど、火を見るよりも明らかだ。目をそらし続けてきた現実を目の当たりにしたナズナは、自分の認識の甘さに歯噛みする。
 知っていたはずだ。ガノンドロフが負けたら封印されるのと同じくらい、リンクが負けたら殺されてしまうことを。だというのに友人の命の危機など考えもせず、思いを馳せるのは自分の行く末ばかり。こうして現実を直視せざるをえなくなるまで気づこうとすらしなかった。……結局、ナズナは自分のことしか考えていなかったのだ。
 だが、後悔してももう遅い。事態はすでに抜き差しならないところにまで来てしまっている。彼女にはもう、ゼルダと同じく友人の無事を祈ることしかできない。
 ――どうして、こうなっちゃったかな。誰にも聞こえないくらいの声量で呟いて、ナズナは腰にある短剣の柄をぎゅっと強く握った。強く強く、自分の不甲斐なさを戒めるように。
 と、不意に視点がゆるやかに上昇を始めた。はっとして周囲を見渡せば、隣にいる驚いたような顔のゼルダと目が合った。どうやら、自分達は結界ごと上空に移動させられているらしい。

「案ずるな。戦いの余波は及ばぬようにしてやる」

 顔を下に向ければ、ガノンドロフは獰猛な笑みに唇を歪ませてこちらを見上げている。

「安全な場所で傷つく小僧を見下ろしながら、何もできない自分達の無力に打ちひしがれていることだ」

 二人の上昇が止まると彼はマントを打ち払い、巨大なオルガンの鍵盤の上に指を置く。そして一拍置くと、慣れた手つきでオルガンを奏で始めた。重々しく荘厳な音色が静かにパイプから流れ、徐々に音量を増しながら空間を満たしていく。
 ――ガノンドロフはナズナ達がこの城に滞在している間、しばしばオルガンを弾いていた。といっても、直接聞かせてくれたことは一度もない。彼がこうして最上階で演奏している音が、ナズナ達の監禁されている部屋にまで漏れ聞こえていたのだ。彼の弾く曲は一聴するだけでどれも相応の技術がいると分かるものばかりだったが、彼は指に感情を乗せることは一切なく、紡がれる音色は常に淡々としていた。そのためか、それは誰かに聞かせるためというより、手慰みで弾いているという印象の方が強かった。
 オルガンの硬質な演奏が続くにつれ、否が応にも緊張感は高まっていく。
 隣に目をやると、ゼルダは顔を強張らせてじっと入り口の大きな扉を見つめていた。不安と恐れに彩られた表情のその奥に、じきにここにたどり着くであろう勇者に対しての確かな信頼が垣間見える。
 いつの間にか、心の強さもゼルダに追い抜かれていたらしい。ナズナはふっと自嘲ぎみに表情をゆるめる。この分なら、自分が強がってまで彼女を励ます必要はなさそうだ。そもそも、例えここから声をかけても、オルガンの音色にかき消されて届きはしないだろうが。
 だからナズナは目を閉じて、自分に言い聞かせるようにそっと囁いた。

「大丈夫。きっと、リンク君は――」

 その先の言葉を、彼女は続けることができなかった。苦楽を共にした幼い友人と、全てを投げ打ってまで愛そうと決めた男。どちらか一方に肩入れすることは、今のナズナには不可能だった。
 ――やがて重たげな音を立てて、豪奢に装飾を施された両開きの扉がゆっくりと押し開かれる。
 姿を現したのは、緑の衣に身を包んで妖精をつれた時の勇者、リンクだった。別れた時と同じ、それでいて一回り成長した静かな決意に満ちた表情で、彼はそこに立っていた。
 リンクは部屋に入ってすぐこちらの存在に気づいた。彼はこちらを見上げて結界に囚われた二人の姿を確認すると、怒りにその眼差しを燃やして歯軋りをする。

「ナズナ、ゼルダ……!」

 その声はここまで届かなかったが、口の動きからそう言ったのだということは見て取れた。その強く清廉な光を宿した青い瞳に、ナズナは恐怖に満たされた心が洗い流されていくのを感じる。――ああ、やっぱりこの子は誰にとっても希望なんだ。そう思いながら、彼女は安堵と後ろめたさに泣きたい気持ちになった。
 この瞳が光を失うことなどあってはならない。彼が血の赤と煤の黒に汚されて地に横たわる様など見たくない。
 ――どうかお願い、神様。ナズナはこの日初めて、ハイラルの神々に祈りを捧げた。




 勇者と魔王の戦いは熾烈を極めた。魔法の光弾が縦横無尽に飛び交い、煌めく白刃が火花を散らす。体重の載った蹴りでリンクが壁に叩きつけられ、放たれた弓矢がガノンドロフの頬を浅く抉る。一進一退の激しい攻防であるが、戦況は地力で勝るガノンドロフが優勢だ。
 ナズナとゼルダは結界に守られながら、少しずつ傷を増やしていく彼らの戦いを固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
 ――持てる全てを出し尽くした死闘は、リンクが魔王を左肩から袈裟斬りにしたことで決着がついた。
 どう、と音を立ててガノンドロフの巨躯が崩れ落ちる。思わず駆け寄ろうと足が動きかけたが、そうは結界が許してくれない。自分を阻む冷たい壁に手をついたナズナは、息を詰まらせて床に横たわる魔王を見つめる。
 力を失った結界はゼルダの制御で徐々に下降していき、爪先が地面についたところでようやく消えた。それと同時に、支えを失った手が力なくぱたりと落ちる。……背後にはガノンドロフが倒れ伏している。だが、ナズナの中に生まれたひそかな疑念と後悔が、彼女に振り返ることを許さなかった。
 ――これで本当によかったのだろうか。自分の望んだ通りの結果だったはずなのに、どうしてこうも胸が辛いのだろう。
 顔を上げて前を向くと、リンクがその顔に安堵の笑みを浮かべて歩み寄ってくるのが目に映る。友人の勝利を喜ぶことも悲しむこともできず、ナズナはただぎこちなく微笑んだ。

「ナズナ、ゼルダ! 二人とも無事だった? 何もされてない?」

 ナビィが真っ先に飛んできて、ナズナ達の目の前をふわふわと行ったり来たりする。その様子に、ゼルダとナズナはふっと肩の力を抜いた。

「ええ。問題ありませんよ、ナビィ」
「私も。ほら、ピンピンしてるでしょ」
「よ、よかった〜」

 すると安心したのか、ナビィは不意に羽の動きを鈍らせて落下し始めた。それを見たナズナは慌てて両手を伸ばして彼女を受け止める。重さはほとんど感じないが、手のひらには確かにほのかな温度が触れた。それが無性に愛しくて、締め付けられるように胸が切なく軋む。

「わっ! ご、ごめんネ、ナズナ!」

 ナビィは謝りつつ、慌ててナズナの手から飛び立った。リンクは心配そうな表情で、不安定に羽ばたく彼女を目で追う。

「ナビィ、無理すんなよ」
「そうだよ。リンク君の帽子の中で休んでた方が……」
「ヘーキヘーキ! 今のは気が抜けちゃっただけだヨ。……でも、やっぱりちょっとだけ疲れちゃった」

 ――無理もない。ただでさえ妖精は邪気に弱い種族である。それが、人間であるナズナでさえ息苦しくなるほどの強い闇の波動に当てられていたのだ。決戦に対する極度の緊張も無論あったのだとは思うが、それ以上に体に負担がかかっていたのだろう。
 ナビィ自身もそれは自覚していたようで、彼女は青白く瞬きながら素直にリンクの帽子の中へと入っていった。
 ほんの少しの間、一行の間に沈黙が降りる。ふとリンクとゼルダの視線が交差して、彼らは気恥ずかしげに微笑み合った。

「――遅かったですね。すっかり待ちくたびれてしまいましたよ」
「ごめんゼルダ、悪かったよ。準備はしっかりしとかないとって思ってたからさ。でもほら、だからこうやって勝てただろ?」

 得意気に胸を張るリンクに、思わずといった様子でゼルダが軽く噴き出す。くすくすと笑った彼女は、一呼吸ついてから真っ直ぐにリンクを見据えた。

「そうですね。ありがとうございます、リンク」
「へへっ。やっぱりゼルダは、そうやって笑ってる方が美人だな。――いって!」

 にかっと笑った直後、リンクは誰かに小突かれたかのように前につんのめった。どうやら帽子の中の相棒に突っ込みを入れられたらしい。彼はむすっとして後頭部を押さえる。

「ナビィ!」
「全く、調子いいんだから!」
「いいじゃん、せっかく無事にまた会えたんだからさ。あ、いてて……」

 何気なく背筋を伸ばした拍子に痛みが走ったらしく、リンクは顔をしかめて右脇腹の上部をさする。先程、ガノンドロフの拳をまともに食らっていた箇所だ。――それだけではない。あちらこちらに走る大小様々な斬り傷に、打撲痕。服で隠れて分かりづらくなってはいるものの、今のリンクは満身創痍だった。
 これからさらに激しい戦いが待ち受けているというのに、これでは万が一が起こらないか心配だ。ナズナは懐をあさって、見つけたものをぽんと彼に投げた。

「リンク君」
「えっ? おっと――」

 リンクがそれを受け取ると、とぷんとビンの中身が波立つ。カカリコ村のオババ特製の赤い薬だ。魂の神殿に挑む前から持っていたものなので消費期限が少々不安だが、その辺りはオババにきちんと保証してもらっている。

「ボロボロだよ、体」

 彼は投げ渡された薬と自分の体を交互に見て、ようやく自分が傷だらけであることに気づいたらしい。照れ臭そうに顔を赤らめて満面の笑みを浮かべた。

「へへっ、さんきゅーな!」

 裏のない明るい笑顔に、ナズナはゆるりと微笑を返す。リンクの笑顔を見たその一瞬、不意に何も悩むことなくリンクと旅をしていた頃の自分に戻ったような気がした。
 実の姉弟のように触れ合う二人に暖かな眼差しを向けていたゼルダが、ふと目を伏せて肩越しに背後を見やる。

「ガノンドロフ……哀れな男。強く正しい心を持たぬゆえに、神の力を制御できずに――」

 呟かれたその言葉にナズナがつられて振り返りかけたその時、足元が大きく揺れて三人はバランスを崩した。収まる気配を見せないその振動に翻弄されながらも、ゼルダは声を張り上げる。

「リンク、ナズナ! この塔は間もなく崩壊します! ガノンドロフは最後の力で私達を道連れにするつもりです!」
「そんな、急いで脱出しないと!」

 リンクは懐から時のオカリナを取り出すと、激しい揺れの中でなんとか光のプレリュードを演奏する。オカリナを吹き終わった彼は、だがその直後驚愕に目を見開いた。

「ダメだゼルダ、ワープができない! まるで何かの力に邪魔されてるみたいだ!」
「足で降りるしかなさそうですね。二人とも、私の後に着いてきてください!」

 先頭に立って走り出したゼルダに、リンクが頷いて後を追う。今は見る影もなくなってしまったが、かつては王女として暮らしていた城だ。内部まで大幅に改築されていなければ、彼女の道案内に従って脱出することができるだろう。
 ナズナは一度彼らを追いかけようと足を浮かせたが、思い直して立ち止まる。そしてぐっと拳を作ると、意を決して後ろを振り返った。
 ガノンドロフはその人並外れた体躯を血溜まりに沈めていた。いつかナズナに貸してくれた深紅のマントも、無惨に切り裂かれて地に広がっている。うつ伏せで倒れている上にマントで隠れていることもあって、幸か不幸か傷の程度を見ることはできない。だが喀血したことから考えると、深く斬り込んだマスターソードに肺を傷つけられでもしたのだろう。
 膝をついて彼の耳元に触れると、指先にわずかな熱が伝わってきた。ナズナはそっと手を滑らせて、血が付着するのなどお構いなしに手のひら全体でその頬に触れる。

「……生きてる」

 ガノンドロフがこの時点でまだ生きていることを、ナズナは前々から知っていた。しかし、知識はあっても実際にどうなるかは自分で確かめてみないと分からない。『ナズナ』という不確定要素がここにいる時点で、何もかもがシナリオ通りにいくはずがないのだから。

「生きてて、くれてる」

 だから、ガノンドロフから確かに感じた温もりに、ナズナは泣きたくなるほどの安堵を覚えた。だがそれは同時に、彼が酷い傷を負って今もなお苦しんでいることをも意味していた。
 ――そんな彼に背を向けて、ナズナは自分の望む『エンディング』のために逃げ出さなければいけないのだ。喜びと苦悩が一緒くたに溢れだして、目の前がじわりとぼやけていく。

「ナズナ、早く!」
「死にたいのですか、ナズナ! さあ、こちらへ!」

 リンクとゼルダの叫ぶ声に、彼女はその手を名残惜しげに離す。にちゃり、と赤くねばつく音がした。

「……また、後で」

 そう囁いたナズナは、ふらりと立ち上がって駆け出した。後ろ髪が引かれるような思いであったが、共に封印されるより先に自分が死んでしまっては元も子もない。
 残された男の指が微かに動いたことに、彼女が気づくことはなかった。





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