魔王に捧ぐ硝子の花 | ナノ


 冒険に出る前のリンクの悪戯、城でゼルダに対して施されていた高等教育のさわり、この七年のガノンドロフの動き。ゼルダとナズナは昼食を摂った後、いつも通りとりとめのない会話を楽しんでいた。
 昔話が盛り上がってきた頃、二人の笑い声のさなかに控えめなノックが割って入った。ナズナは顔を上げるとゼルダに一言断り、空になった食器の載ったワゴンを重厚な扉の前まで押していく。どうぞと声をかければ、扉が重たげに軋みながらゆっくりと開かれる。その向こうには、骸骨剣士――スタルフォスがティーセットを載せたトレーを持って立っていた。
 ナズナは当たり前のようにそのトレーを受け取り、虚ろな眼窩に宿った光を臆することなく見返して笑みを浮かべる。

「いつもありがとうございます」

 スタルフォスは律儀に会釈をすると、代わりにナズナの押してきたワゴンを引き取って扉を閉じた。

「ゼルダちゃん、食後の紅茶来たよー」

 ナズナはトレーを揺らさないよう慎重に運んで、静かにテーブルの上に置く。視線を上げると、ゼルダの呆れたような眼差しと目が合った。

「私も人のことを言えませんが……相当馴染んでますね、ナズナ」
「そう?」
「そのようなことでは、いざという時に倒せませんよ」

 ナズナはくすくすと笑いながら紅茶をカップに注ぐ。

「心配しなくて平気だよ。そこまで情に脆いタイプじゃないし」
「そうですか? それなら良いのですが」

 ゼルダは手に取ったティーカップにためらいもせず口を付ける。出された食べ物に全く手を付けようとしなかった最初の頃とは比べ物にならないほどの警戒心のなさだ。その頃はナズナが口八丁手八丁でなんとか食べさせていたものだが、もうそれも必要ない。
 子供の成長を喜ぶ母親のような喜ばしくもどこか寂しい気分になりながら、ナズナもカップを傾ける。鼻に抜ける華やかな香りが口の中に広がった。

「今回はそこそこ良い茶葉を使っていますね。惜しむらくは、蒸らす時間が少々長すぎることでしょうか」
「すごいねゼルダちゃん。私そういうのさっぱりだよ」
「あなたは何を飲んでも『美味しい』ですからね」
「……さ、さすがに味が違うなってことくらいは分かるからね」

 はいはい、と軽く流されてナズナは小さく呻く。これではどちらが年上か分かったものではない。
 ゼルダは年の割に大人びた少女だ。幼い頃から今までに積んできた様々な苦い経験や、自分はハイラルの王女であるという矜持がそうさせているのだろう。加えて知恵のトライフォースを宿すほどの聡明さを備えており、シークというギャップまである。そして美の女神もかくやという儚げな美貌――まさに才色兼備と呼んで差し支えない。
 ――こんな子を前にしたら、誰だって惹かれるだろう。ナズナは胸の辺りがもやもやするのを感じて小さくため息をついた。ゼルダはそんな彼女の悩みをその吐息から敏感に聞き取り、カチャリとティーカップをソーサーに載せてテーブルに戻す。

「どうかしましたか?」

 彼女の声音はあくまで普段通りそっけないが、その裏に確かな優しさが存在することをナズナは知っていた。そんなところも、彼女の魅力のひとつなのだろう。
 ――もういっそ、吐き出してしまおうか。ゼルダなら、その知恵と優しさでこの胸に巣食う湿気た感情をなんとかしてくれるかもしれない。ナズナはなんでもない風を装って、いつもの微笑みを浮かべたまま口火を切った。

「あのさ、ちょっと気になってたんだけど……」

 切り出してはみたものの、本当に言っていいものかどうか。相手の反応が予測できるだけに、言葉にするのがためらわれる。だがこの状態で口を閉ざしても互いにもやもやが残るだけだ。ナズナは意を決して口を開いた。

「ガノンドロフさん、ゼルダちゃんに気があるのかな」

 次の瞬間、蛆のわいた肉片でも見るような目付きをされた。

「ゼ、ゼルダちゃん、そんな目もできるんだね」
「天地がひっくり返ろうと、それだけは絶対にあり得ません。何をどうしたらそうなるのですか。怖気が立ちます」

 五寸釘を思わせる極太の棘を含んだ語調に、ナズナは引きつった笑みを浮かべる。予測通り……いや、それ以上に毒に満ちた反応である。
 この分では、ゼルダからガノンドロフへの矢印が向いていないのは確実だ。だが逆はどうだろうか。ゼルダが全力で否定してはいるが、実際にガノンドロフがどう思っているかは彼自身にしか分からないのだ。ナズナは軽く視線をうつ向かせる。

「だって……あの人、ゼルダちゃんに会いに来てるでしょ。私の知らない間に」

 すると、ゼルダは驚いたようにその青い瞳を瞬かせた。

「……いつ気がついたのです?」
「ごめん、ちょっとカマかけちゃった」

 両手を合わせて茶目っ気たっぷりに謝ると、ゼルダは少し悔しそうにむくれてみせた。可愛らしい顔だ、とナズナはくすりと笑う。
 ――以前から、自分達の待遇が少しずつ良くなっていることには気づいていた。二つ目のベッド、外の溶岩の光を遮断する厚手のカーテン、日に一度の入浴許可。今ちょうど飲んでいるこの紅茶だってそうだ。

「みんな、二人して欲しいねって言ってたものだからさ。いつ伝わったんだろうって、不思議で」

 一度はガノンドロフが魔術か何かで盗み聞きをしているのかと疑ったこともあるが、例えそうしていたとして彼がこっそりと人質の望みを叶えるなどという殊勝な真似をするはずがない。
 そう、誰かが交渉でもしなければ。

「妬いているのですか?」
「うん」

 あっさりと頷いたことに、ゼルダは意外そうに眉を開く。

「――それもあるけど、やっぱり寂しいかな。なんか避けられてるような気がして」

 この城に来てからというもの、ナズナは一度もガノンドロフと顔を合わせていない。自分に恨みを抱いている人間もいるのだから、少しくらい様子を見に来てもおかしくはないというのに。それを少し寂しく思いつつも、人質にわざわざ構う理由もないのだろうとあえて気にしないようにして過ごしてきた。
 だがその間、ガノンドロフはゼルダとだけは密かに会っていたというではないか。当然嫉妬もするし、何か顔を見たくない理由でもあるのかと勘ぐりたくもなる。
 ゼルダはナズナの言葉を否定せずに、痛ましげに軽く目を伏せる。

「ごめんなさい、ナズナ。私があの男に余計なことを言ってしまったばかりに」
「余計なことって?」
「『あなたがナズナに執着をしている』、と」
「そ、それは……」

 ナズナは返答に困って口ごもった。第三者からそう見られていることは照れ臭くも素直に嬉しいが、それを指摘されたガノンドロフの反応は非常に気がかりだ。
 彼は自分が他を圧倒する強者であると自負していると同時に、他者からそのように見られることを好んでいる節がある。それが、こんな取るに足りない女に執着心を抱いているなどと言われたのだ。馬鹿にされたと取られても不思議はない。

「その、とんでもなく怒ったでしょ、あの人」
「……ええ」

 ゼルダは軽く目を伏せて、首元にその細い指を宛がう。――絞められでもしたのだろうか。ナズナは気遣わしげに目を細めた。

「大丈夫?」
「ええ、大したことはありません」
「そう。……怖かったり辛かったりしたら、言ってね」

 ガノンドロフに会うことのできない身であるから力にはなれないが、話を聞くくらいならできるだろう。
 ――そう、会えないのだ。ナズナは物憂げにため息をつく。ガノンドロフは狂暴に見えて、その実冷静に現状を判断できる人物だ。その彼がトライフォースをその身に宿す貴重な人質に手を出すとは、よほどゼルダの発言が腹に据えかねたに違いない。……それもそのはず。そもそもナズナの方から好意を伝えて付きまとっているようなものなのだから、逆に捉えられては憤慨もするだろう。
 もしかしたら、嫌われてしまったかもしれない。ナズナは不安になって眉根を下げる。

「そのような顔をしないでください。あの男は、図星を指されて意固地になっているだけです」
「何それ。まさか、ありえないよ」
「いいえ、絶対にそうです」

 あまりに自信たっぷりなその言葉に、ナズナは思わず笑みをこぼす。正直に言ってあのガノンドロフがそこまで自分程度の存在にこだわっているとは思えないが、彼女のお陰で少し気分が楽になった。
 それでも、寂しいことには変わりない。同じ屋根の下にいながら結界に阻まれて自分から会いにも行けないというのが、なおさら歯がゆく感じてしまう。

「――会いたいな」

 ぽつりと呟けば、ゼルダがさらりと頷く。

「でしたら、会いましょうか」
「えっ?」

 思いもかけない言葉に目を丸くするナズナをよそに、ゼルダはぬるくなった紅茶を飲み干すと妖しげに唇の端をつり上げた。





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