観月はじめに
「ちょっとよく分かんないんですけども」
「おや?何がですか?」
目の前の観月さんは可笑しそうに首を傾げて笑われたが、全くもって私は笑えそうにない。
周りを見回せば、質の良さそうな壁紙と英国王室を思い出せるような家具やアンティークが並んでいて。オシャレなカフェのこの空間は、観月さんにピッタリだ。
くるくるっとくせっ毛を指で巻いた観月さんにもう一度視線を向けた。
「大体ですよ!この罰ゲーム内容よく分からないんですけども」
「んふっ、それ言うの二回目ですね」
「二回でも三回でも繰り返してやりますよ!百歩譲ってデートというのはわかります!いや観月さんとデートしてもらうとか、世の女の子からしたらご褒美のような気もしないでもないんですがっ」
「おや?……少しは僕とのデート、ご褒美だと思ってくださっているんですね。嬉しいですよ」
目を細めて私に微笑んだ観月さんの綺麗な笑みに、思わず紅茶のカップを持っていた手がうっかりカップを離しそうになる。
「……まったく、気をつけてください」
「す、すみません……」
その手を支えられ、カップはコトンと丁寧な音を出してセットのお皿の上に置かれた。
触れた手が熱を持って少し熱い。
それから少し顔も熱を持った気がする。
「んふっ……、さぁ本題に参りましょう」
「え?」
「デートはまだ軽いでしょう?罰ゲームには続きがあったじゃないですか」
「……う!」
それが一番ちょっとよく分かんないんですけどもっ!!
また口から出そうになった私の唇の前に、観月さんの綺麗な人差し指が添えられた。
「……さぁ怒りませんからどうぞ」
ニコリと花のように笑われる観月さんだが、もう滲み出る黒さに悪い笑みだよぉなんて思ってしまう。
「…………………………は」
「……んふっ」
「…………はじ、め……さん」
「はい。さん付けしたのでもう一回」
綺麗な笑みが僅かに歪み、意地悪そうに観月さんの口角が上がる。
「…………は、……はじめ」
「……はい」
顔面から火が出てしまうほど、きっと私は真っ赤に違いない。
返事を返されて、私は額を強打するレベルでテーブルの上に突っ伏する。
「……こらこら、詩織、大丈夫ですか?」
「……えっ?!」
耳に聞こえた音にバッと顔を勢いよく上げた。それほど衝撃的なことだったのだ。
「んふっ、罰ゲームを達成出来たご褒美ですよ」
パクリと。
口の中に甘いハニークッキーがねじ込まれる。
私の名前を観月さんが呼び捨てにした!なんて衝撃は、どうやらお口にクッキーを放り込むための罠だったらしい。
モグモグ咀嚼している間、私は一言も話せなくて。
美しい所作で優雅に紅茶を飲んでいる観月さんの満足そうな顔をただ黙って見続けるのだった。
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