捌・岩柱、悲鳴嶼行冥様と……



「……ありがとうございます」

深々と頭を下げてお礼を口にする。
それから顔をあげれば、岩のように大きな体付きの男性が目の前でハラハラと涙を零していた。

「嗚呼、なんて健気な子供だろうか。まだ辛いだろうに……このように、強くあろうとするとは……」

「悲鳴嶼様」

そっと白いハンカチを差し出す。
彼はまた驚いたようだったが、目の見えていない彼がどうして私の姿も、私がしている行動もわかってしまうのか、わからない。
ただ、まるで見えているかのように、岩柱である悲鳴嶼様は私からハンカチを受け取ってくださった。

「……ありがとう、夢」

それから、大きな温かな手が私の頭をポンポンっと叩く。
ふわりと心が軽くなった。

「お部屋をご用意しております。……そちらの方もご一緒でよろしかったですか?」

今夜は泊まって下さるだろうと思って声をかける。悲鳴嶼様の後ろにいらした、目付きの鋭い隊服を着た若い隊士の方にも視線を向けて。

「あぁ……申し訳ない……だがありがとう」

若い隊士の方は私と目が合うと、一度ギロリと眼光を光らせてすぐに目線を逸らされた。
悲鳴嶼様がポンポンと彼の背中を促す。

「そうだ。夢。この子を数日ここで修行させてるので、置かせておくれ。私は明日には立たねばならない。二、三日すれば戻ってくる」

「かしこまりました」

「いいか、玄弥。体力向上の修行は庭や裏手にある山中を使わせてもらうように……」

「……はい」

玄弥様というのか。
ぎこちなさそうに頷いた彼をもう一度見る。

血の記憶が、誰かを思い出そうとしていた。
だが誰かわからないほどの遠い昔。

「……血の香り……?」
「っ……」


鼻についた匂いに首を傾げた瞬間、ものすごい勢いで部屋に入ろうとしていた玄弥様が私を振り返る。眼光は鋭く、電気が走るように痛い。

「……夢、部屋はこちらでいいか」

「は、はい」

わかっているだろうに。
流れた空気の緊張の糸を断ち切るように、悲鳴嶼様が私に話しかける。
途切れた糸に、玄弥様は部屋に入られた。

ポンっと頭を撫でてから、部屋に入られた悲鳴嶼様に深々とお辞儀をする。
閉じられた襖にホッと胸を撫で下ろしたのだった。


[*前] | 表紙入口[次#]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -