触れることなどできるわけない

「あぁ、雨じゃ……」

ポツポツと雨粒が道路のアスファルトの上に黒い染みを広げていく。
傘を持ってなかったから、俺は家に早く帰ることにした。
そんなときだ。
真新しい家が並ぶ前の道路で夢野さんが突っ立っているのに気づいたんは。
なんでこんなところに……と思ってからハッとした。
そうだ。ここは、夢野さんのもとの家があった場所だ。
半年以上前に売却された大きな一軒家跡地は、新しい家が二軒並んでいる。
ずっと先にあの夢野さんと出会った公園もあった。

「……夢野さん」

彼女の名を呟いたと同時に空で雷鳴が光り、轟音が響く。

「ひっ……!」

空を見上げて慌てたような夢野さんは、走ろうとしたのか足がもつれて転けた。
次第に雨足が強くなり、もう俺も夢野さんもだいぶ濡れとる。

「夢野さん、おいで」

「っ、え?!」

顔をあげた夢野さんの頬は濡れていて、それが雨なのか涙なのかわからなかった。
ひとまず立たせて、夢野さんの手をぎゅっと握る。

「……走りんしゃい。俺んち、すぐそこじゃ」

「な、なんで……っ、ひやぁあっ!」

また雷鳴が轟いた。
夢野さんの手が俺の手を強く握り返す。ただそれだけなのにえらく熱くて。
雨でよかったと思った。
多少はこの熱を冷ましてくれるじゃろ。


家に辿り着いてから、家族の誰もいないことを確認して胸を撫で下ろした。
学校でなんて噂されとるかはわかってるつもりじゃが、家に女の子を連れてきたことなんてない。
どこをどう通って俺がそんな軽いキャラになったんだろうか。こんなにずっと一人の娘を好いとるというのに。

玄関内で立ったままの夢野さんにバスタオルを差し出す。

「あ、りがとう、ございます……」

いつもとやはり雰囲気の違う夢野さんに心配になった。
元の家のことと、いま鳴ってる雷が原因なのはわかってる。

「ん、大丈夫じゃ、この感じなら一時間くらいしたら止むと思うナリ」

空を確認するために玄関を開けながらそう言ったら、また近くで雷が落ちた。ひどい音だった。

「……〜っ!!」

声にならない悲鳴をあげて夢野さんが俺の腰に抱きついとる。
また熱が上がった。
かちゃん、と閉じた扉のノブをつかみながら、夢野さんの体温を感じる。
濡れて冷えきったお互いの身体にはっとして、慌ててバスタオルで夢野さんを拭こうとした。

「風邪引くぜよ」
「やだ……っ」

幼子のように首を横に振ってイヤイヤする夢野さんに目眩がする。
上昇しっぱなしの熱が暴走しそうだった。

「……夢野さ――」

「……っ、行かないで、お父さん……、お、母さんっ」

熱に促されるまま、抱き締めようとした手が止まる。
震える彼女を自分の欲のままどうにかしようとした自分自身に嫌気が差した。

「……ほら落ち着きんしゃい。中に入ってお茶でも飲んで落ち着くナリ」

精一杯優しい笑みを浮かべて夢野さんにそう言った。
この理性は、心底夢野さんに惚れとる証拠じゃ。

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