その笑顔をそばで見られるだけでも幸せだった
山吹中学校
今日俺は失恋した。
本野悠希さんを好きになったのは、彼女が小学六年生の時だと思う。
姉のクラスの転入生が来て、それが彼女だった。
姉と悠希さんはすぐに意気投合し、うちによく遊びに来るようになった。中学になっても変わらず、高校になっても当たり前のように家の中に悠希さんがいた。
徐々にその頻度が少なくなって、その時に何か行動に出ればまた違っていたのかもしれない。
「姉ちゃん、最近悠希さん来ないね?」
「あー……悠希は裏切り者だから」
「は?」
冷蔵庫に頭を突っ込んで奥の方に隠していた俺のプリンを見つけた姉は、問答無用でスプーンをそこにさして自分の胃の中におさめてしまう。
あんなに仲が良かったのに、裏切り者ってなんなんだとプリンを食べられたショックより、そっちの話ばっかり気になった。
「男よ、男。彼氏ができたから、私のことにかまってる暇なんてないのよーっ」
うわぁんっと開けっぱなしの冷蔵庫の冷気を浴びながら姉はわざとらしい泣き真似を始める。
しかたがないのでダイニングのテーブルに座らせ、ジュースをいれてやった。もちろん、冷蔵庫はしめた。
でも本当に泣きたかったのは俺だった。
何年も憧れて好きだった人に恋人ができるなんて。恨むべきはこの年齢差だろうか。
それとも何も行動に移せなかった自分自身だろうか。
それから暫くして、久しぶりに家に悠希さんが遊びに来て。
久しぶりに見た彼女はとても綺麗でため息が出た。
「十次くん、またかっこよくなったね!」
なんて言って無邪気に笑うその姿に胸が痛くなる。
「テニスしてるんでしょ?いつか試合見に行ってみたいなぁ」
「噂の彼氏さんとぜひ」
「え?あはは、ありがとう。うん、一緒に応援に行くね!」
うまく笑えただろうかなんて思いながら、俺は一礼して自分の部屋に走った。
恥ずかしそうに頬を染めて笑った表情が、大好きなのに憎たらしくて。
幸せになってほしいと思いつつも、早く別れたらいいのにと呪う自分が嫌になる。
「十次。ん!」
その日、悠希さんが帰った夜に、姉がわざわざ俺の部屋にプリンを届けに来た。
急いで買ってきたらしいプリンは姉が握りしめていたせいか、温くなってる。
「……こんな不味いプリンはじめてなんだけど」
「うっせ!文句あんなら返しな!」
拳骨で頭を殴られたのに笑った夜はあの日が初めてだった。