いつの間にか眠っていたらしい。
重い瞼を上げたら「ヒィッ?!」と高い音を口から出してしまった。
でも仕方がないと思うんだ。目の前にジロー先輩の眠っている顔があるんだから。な、なんでですか。
「……あぁ、夢野さん、目が覚めたみたいだねー」
「うぇ?!た、滝先輩っ?!」
ばっと起き上がって声のする方を見れば、滝先輩が優雅に紅茶を飲んでいた。否、ちょっと待ってください。ここ、私の部屋……
「っていうか、いつの間に私は戻ってきたんだろう……」
「あぁ、樺地が運んだんだよ。夢野さん、雷がダメなんだってねー。立海の真田と青学の越前に迷惑かけたみたいだよー」
笑顔でそう言われて、血の気が引いた。にこやかに言ってる滝先輩はなんだか実はドSなんじゃないだろうか。いやいや、優しい先輩の筈だ。
信じたくないので首を高速で横に振る。
否、それよりも滝先輩はなんと言ったのか。真田さんと越前さん?にご迷惑をかけた?
「跡部様は……いなかったですか?」
記憶の隅に跡部様の驚いたような呆れたような、そんな複雑そうな顔がある。
「あぁ、俺たち君が越前を押し倒してキスしたらしい後に辿り着いてねー」
「そうなんですかー、越前さんってどなたかわかんな──んだってぇえっ?!」
もう顔面蒼白だ。
それはもう迷惑かけたどころじゃない。一体私はどれだけテンパってしまったんだろう。本人の意思なしにそんな恐ろしい行動に出てしまうとは……もはや、警察につき出されていいレベルのキス魔である。
否、流夏ちゃんと榊おじさんに雷が鳴ると怖がって抱きつくようだ。とは話に聞いていたのだが。
「はっ!もしやジロー先輩にまで……っ」
「否。ジローは勝手に寝ている君の隣に潜り込んだだけだよー」
「…………普通止めませんか、滝先輩」
冷静に返したら、滝先輩は「あはは、ジローだよ?」とあっけらかんと笑っていた。確かにジロー先輩可愛いけど、女の子が眠っているベッドに潜り込むのは問題だと思うんだ。……え、もしや女子だと思われていないとか?
「……んー、詩織ちゃん、越前くんに謝った方がいいんじゃないー?」
問題がある人に、今現在の大問題を指摘されてしまう。むぅ、なんだか納得がいかない。目をこすりながら起きたジロー先輩につい変な顔をしてしまった。
「……まぁ、倒れた反動だって越前も言っていたから、事故だけどねー」
やるねーと続けられて顔から火が出そうになる。くそう、滝先輩やっぱりSだ。くそう、もう一回言うけどくそう。
それから滝先輩とジロー先輩と一緒に階段を下りて二階を目指した。
あいにくの雨で予定していた練習はなしになり、また夕食が近いことから皆それぞれ自由に過ごしているらしい。
ふと、廊下の窓を眺めたら雨は降っているものの、雷はどこかに消えていた。良かった。
「……青学はあっちの部屋だったかなっと」
「あぁ!詩織じゃん!お前大丈夫かよ!」
滝先輩が丁寧に説明しようとしてくれた途中で、二階のちょっとしたサロンみたいな広間に通りかかる。そこでトランプをしていたらしい、岳人先輩が私を見つけて顔を上げた。
「詩織ちゃん、無理したらあかんで」
ついでに岳人先輩の隣に座っていた忍足先輩にまで声をかけられる。なんでこの人、いつの間にか私を名前で呼んでいるんだろう。否、それはもう諦めるとしても、何故二人して近付いてきて、忍足先輩は私の頭を撫でるんだ。く、騙されないぞ!そんな優しい笑みを浮かべても……
「……今度雷鳴ったら、俺がすぐに詩織ちゃんのそばに飛んでったるからな」
「忍足先輩……」
「クソクソ侑士!下心見え見えだっての!」
「そうだにゃー。夢野ちゃん、騙されたらいけないぞー。忍足、ずーっとおチビが羨ましいって言ってたから!」
にゃ、にゃー?おチビ??
何度か首を傾げながら、岳人先輩らとトランプをしていたらしい人を見つめる。……あー、確かこの人は不二さんのドリンクを奪って全力ダッシュした人だ。
「あ。俺ね俺ね、菊丸英二!青学三年だよん」
あー、可愛い系の人ですね。一校に一人必ずいる。氷帝はジロー先輩。立海は丸井さん。四天宝寺は金ちゃん。山吹はマネージャーの壇くん。
「アタシは四天宝寺三年の金色小春よぉー!で、こっちが、一氏ユウジ……ユウくん、ほら挨拶してー」
「一氏ユウジや。小春は俺のやからな!小春に色目使ったら死なすど」
「キモいこと言うなや、ドアホ!!……堪忍なぁ、あ、でもアタシ、可愛えぇ子は好きやでぇ」
次にサロンにいた残りの人たちが声をかけてくれた。たぶん、そういう人たちなんだろう。どうしよう、金色さんの仕草に目を奪われる。
「あ、アタシは小春でえぇでぇ!」
「うわぁ、小春お姉様ぁーっ!」
「いやぁ、何この子!可愛えぇやないのー!謙也くんや光くんや蔵リンにはもったいないわぁ!」
「う、浮気か、小春ぅーっ?!」
初めて間近でみた心は乙女!の人にテンションが暴走してしまった。一氏さんには悪いが、小春お姉様とは握手しちゃいました。えへへ。
そんな私の暴走を止めたのは、呆れたような瞳で見てきた岳人先輩でも、私の腰に腕を回して何故か寝ているジロー先輩でもない。
「…………っ」
サロン横の扉から出てきた日吉くんである。
「なんだって?!」
私と目があった瞬間に、日吉くんはまた扉を閉めて部屋の中に入ってしまった。ちょ、一体どういうことだ!
日吉くんを追いかけようとその場を動こうとしたが、腰にまとわりついているジロー先輩が重い。ズルッと二歩ほど引きずるだけで重労働だった。
「はいはい、夢野さん。ジローは俺が預かってあげる」
「ありがとうございます!滝先輩っ」
SだろうがドSだろうが、大好きです!滝先輩!
何やら菊丸さんが面白くなさそうに唇を尖らせていたが、後で菊丸さんとこの越前さんに謝りに行きますから、その時また声をかけてくださいと伝えておいた。
今更だが、みんな越前さんへ私が起こしてしまった事故のことは知っているらしい。なんて恥ずかしいんだ。うぅ、顔が熱くなってきた。
「しかし、今は君だ!日吉くん!!何故逃げるっ」
扉には中から鍵をかけられてしまったが、忍足先輩が同室らしく開けてくれる。ちょっとだけ好感度が上がった。
部屋の中に入って叫べば、勢いよく額を叩かれる。
「五月蝿い」
「だって日吉くんが!……友達の様子がおかしいなら、気になるよ?」
「……っ、いきなり真顔でなんだ」
視線を逸らす日吉くんに「で、どうしたの?」と鼻息荒く迫ってみた。否、なんだか日吉くんがいつもと違い逃げ腰だから、ちょっと面白くなったわけではない。断じて。
「…………今度」
「……、……」
吃驚した。
いきなり日吉くんに抱き締められたのだ。しかも後ろ向きにぐりんってされた後に。吃驚しないなんて有り得ない。
「今度、雷が鳴ったら、俺を頼れ。俺もできる限りそばにいる」
「……え、あ、はい。すみません。ありがとう」
どうしよう。
今耳まで真っ赤かもしれない。日吉くんが優しくて……ど、どうしよう。
「……言っておくが」
「ん?」
「他校に迷惑をかけられては後々面倒なだけだからな……」
「……ひ、よし、くん、首絞まってる。死ぬ」
後ろから優しく抱き締められてるのは幻想でした。これはプロレスの技である。
「…………えへへ」
「……もう一度締めていいか」
解放されてから後ろを振り返ったら、日吉くんが赤面していてやっぱり可愛かった。
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