その作業の間に貞治と名前を名乗ったが、俺の名前も初耳だったらしい。自惚れるつもりはないが、俺の名前は立海では広く知れ渡っている。
「……ふむ、蓮二を知らないのか」と貞治も興味深けだった。当の本人は「……レンジ?知ってますよ、でも今ドリンク作るのに使わないですよ?え、何か温めるの?」と違う方向に考えを持って行っていた。その前に名乗ったんだが……。
夢野の独り言は噂通り常時口から流れ出ていたが、観察しているうちにそれが考えを纏めるためのものであることに気づく。
彼女自身の中で考えを整理するために、独り言は必要不可欠なのだろう。……否、たまに見たものの感想をそのまま口に出していることもあるようだから、やはり癖になってしまっているのは間違いないが。
「では乾さん、柳さん、僕と夢野さんで配りますです!お二人はもうすぐ試合ですよね!」
無邪気に笑う山吹マネの壇に小さく頷いてやった。貞治も首を縦に振り、それから俺と同じ考えなのか、壇と夢野が持ち上げようとしていたペットボトルが大量に入った籠をそれぞれ持ち上げる。
「テニスコートまで行くのは変わらないからな。こうした方が効率がいいだろう」
「え……そうですけど。あ、あの、僕、ちゃんと持てるです!ですから夢野さんのだけで……」
「……否、お前にはあの小さい籠の乾特製ドリンク数種を持って欲しい」
貞治の答えに、壇は少し納得しない顔をしていたが「ありがとうです!」と頭を下げて貞治の調合したらしいドリンクが詰まった籠を持つ。
それから手持ち無沙汰なのか、落ち着かない様子だった夢野が俺に近付いてきて、そっと俺の持つ籠の端を摘んできた。
「…………何をしている?」
理解不能な行動に、相手の意図が分からず質問するのにも時間がかかった。
俺と並行しながら、夢野はこちらをチラリと見上げる。ふむ、化粧をしているようには見えないな。元々目が大きく睫毛が長いのか。
「……お、お手伝いを?……持たせているみたいで嫌なやつに見られそうなのが気になったり……」
もごもご口を動かす夢野。
「ふむ、小心者なのか。お前が働いてくれたことは事実だ。そこは堂々としていたらどうだ。……だが、その行動は男心を擽る計算高さに取れないこともない」
「…………」
「……何故離す?可愛いとは思うが。あぁ、大丈夫だ。俺の好きなタイプは計算高い女だか──」
「お、お巡りさーんっ!!」
前を歩いていた貞治と壇を追い抜いて駆けていった夢野の小さな後ろ姿を見つめながら、小さく息をつく。
「……からかわれることに慣れていない……っと。ふむ、しかし変態扱いされるとは少々接し方を誤ってしまったようだな」
パタンと閉じたノートの音が虚しく響いた。
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