「はっ」
指をパチンっと鳴らせば、運転手がアクセルを踏んだ。
ゆっくりと車体が動いているのがわかる。
樺地からタオルを受け取り、汗を拭き取ってからソファに腰掛けたら、夢野を始めメンバーたちがポカンとして車内を眺めていることに気づいた。
いや、萩之介は「わー、すごい!トイレもシャワーまである!あははは、景吾くん、流石!やるねー」と大笑いしてたし、ジローに至っては「わー、ここベッドあるCー!おやすみなさいぃ」と早速寝室ルームで寝てた。
俺は移動と言えば時間短縮の意味もあり専ら飛行機だが。夢野がいるんじゃそれも出来ねぇだろうとこの特注のキャンピングカーを用意したわけである。
「ふん、どうだ?嬉しくて言葉も出ないか」
「え?あ……ありがとうございます。いやしかし……なんですか、この高級感溢れるラグジュアリーな空間……どこぞの高級ホテルですか……」
ブツブツとまた独り言を口に出し始めた夢野にふっと口角を上げた。
「……詩織ちゃん、先にシャワー浴びたらどうや?」
「その時はお前をグルグルにロープでくくってからだな」
「ですね」
それから、忍足が夢野に真顔でシャワーを勧めたら、向日と日吉が真剣な顔で頷きあってて鼻で笑う。
「樺地、紅茶だ。そうだな、プリンス・オブ・ウェールズで頼む」
「ウス」
「……あぁ、樺地。ジロー以外の全員分用意してやれ」
「ウス」
樺地が俺様のお気に入りの紅茶を淹れるのを興味深そうに眺めているメンバーがいたのでそう言えば「ありがとうございます!」と鳳と夢野が礼を口に出していた。
それから紅茶を味わい、東京に向かう道中で交代にシャワーを浴びる。こんなこともあろうと、給水タンクは大容量だ。
夢野のシャワーの時には忍足がソワソワしていたので、樺地に捕まえさせておいた。
「……そういえば、跡部様。私、どこで寝ればいいですか?」
寝ているジロー以外が全員シャワーを浴びて暫くしてから、夢野がふと首を傾げる。
「……詩織ちゃん、俺の隣空いとるで」
「低空ムーンサルトからのかかと落とし!」
「ぐあっ?!」
忍足のアホの発言に向日が華麗な足技を披露した。パチパチパチと日吉と鳳が拍手し、宍戸がいつもの「激ダサだぜ!」を口にする。
萩之介はクスクスとそんなメンバーを見ながら笑っていた。
「アーン?寝室は野郎どもが二段ベッドやらを使うだろ。だからお前は一人でこっちだ」
「え?」
「このソファはベッドになるんだよ。ちょっと待ってな。生徒会の書類だけ書き終えたらここを空けてやる。明日の朝には先生方に提出しなければいけない事案でな」
ノートパソコンを折りたたみ式のテーブルに広げてから、俺はキーボードを指で弾くように叩く。
「なんや一緒やなかったんか。しゃーないわな。じゃ、俺らはもう寝るわ」
「あ、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
「お休みなさい」
忍足の台詞にそれぞれが俺と夢野に挨拶を交わし、寝室に入っていた。少し窮屈にはなっているが、通常のキャンピングカーとは比べ物にならないはずだから、まぁ満足はするだろう。
俺様が用意したキャンピングカーのベッドのせいでコンディションが悪くなったなんて許せねぇからな。俺自身を。
「それ、中身みても大丈夫なやつですか?」
「あぁ、別に構わねぇよ」
そう答えれば、夢野はちょこんと俺の隣に腰掛けた。と言っても、遠慮がちにクッション一つ分は距離が離れている。
「あぁ、樺地。お前も先に休んでいいぞ」
「ウス」
「崇弘くん、おやすみだよー!」
「おやすみ、なさい……」
少し恥ずかしそうに微笑んで樺地が寝室の中へと消えた。その表情につい頬の筋肉が緩む。
「……っと、悪かったな。お前が一番最後になっちまうな」
あと残り数行だ。と俺が呟いたと同時に夢野は可笑しそうに笑った。
「跡部様、自分のこと忘れてますよ。私、もう一瞬で寝れそうなんで……そうなると、きっと最後は跡部様ですよ」
身体、壊さないか心配になるぐらいですもん。とそのまま続けた夢野はどんな表情でそう言ったのだろうか。
興味はあったが、一切視線を向けずに最後の一行を打ち込んだ。
「これで完成──」
不意に温もりが俺の太腿の上に落ちる。
と、同時にその重みに眉根を寄せた。
「──寝ちまったのか」
はぁっと溜息をひとつ。
それから、生意気にも俺様の太腿を枕にしてくれた夢野の寝顔を覗き込んだ。
口が半開きで、いかにもアホ面である。
「おい、口が開いてんぞ……」
「んん、むにゃ……」
俺の台詞に反応したのか、それとも夢の中で美味しいものを口にしたのかは知らないが、もごもごと口を閉じて何かを咀嚼している素振りを見せていた。
……本当に間抜けな顔である。
「……夢野」
空になったままのティーカップを一度眺めてから、また夢野の寝顔を見下した。
──チュ……
夢野の眠っている額に唇を落として、顔を上げる。それから夢野の頭を太腿に乗せた体勢のまま、そっと瞼を閉じた。
心が満たされていく。
得た充足感に、口角が上がり、唇が弧を描くのだった。
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