この気持ちに嘘はつけない
「……〜っ、わぁぁぁあっ」

顔を真っ赤にしてその場に蹲った詩織は変な奇声を上げてから、その後「……い、今のはえっと、私がアホなこと言ったから……」とかぶつぶつ独り言を呟いている。

詩織のその動揺ぶりは、ものすごくて。
でもそれ以上にざわざわと俺の中もすごいことになってた。

「……なんで」

なんで不二裕太は詩織を抱き締めたんだろうか。
俺が気づいていなかっただけで、あいつも詩織のことを気にしている一人だったんだろうか。

俺が目撃したのは、詩織が「あ、あはは」と小さく乾いた笑いを漏らしてからで。
その前にどんなやり取りがあったのかもわかんなかった。

でも、それでも。
二人から流れる空気感が特別で。
二人しか知らない何かがあるようで、正直ずるいと思った。
そしてどれほど羨ましいと思っただろう。

チャット組の俺は、他の皆よりは詩織のことを知っているつもりだったけど。
やっぱりネットの繋がりほど、薄いものはない。
こうやってリアルでも会って、やっと本当の関わりを持てた。
持てた分、詩織が余計に遠く感じる。

「……知らないことだらけだ」

ぽつりと呟いて。
俺は少しだけ歯をくいしばる。

それから踞ったままの、詩織に近付いた。

「……何してるんだよ」

「ほぉ?!」

ばっと後ろを振り向いた詩織は、すごく驚いたような表情で俺を見上げる。

「十次くんこそどうしたの?!」

「筋トレやランニング終わったから。ちょっと休憩。ほら、詩織の分」

「ひゃっ?!」

ずっと手に持っていた水の入ったペットボトルを1本詩織の頬にぺちっと当てた。
時間がたったせいで、ペットボトルはたくさん水滴というなの汗をかいてる。

「あ、ありがとう!」

「いや……。その、それで何してたんだ?」

悪あがきのようにもう一度聞いてみた。
我ながらしつこいと思う。
でも、止まらなかった。

「……えっと。佐伯さんたちに海に入ろうと水着着用までさせられて。でも逃げたくて。そしたら、裕太くんが助けてくれたの。あ、十次くん、私、着替えたい!」

ほら、下は水着だから!とぺろっと上着を腰の下あたりまで捲った詩織に頭が真っ白になった。
というか、な、な、何して……?!

「何して、ば、バカ!」

「え、あ?ごめんなさい!お見苦しいものをっ」

「そんなことない!……あ、いや、じゃなくて!女子なんだから、もう少し恥じらいを!!」

「……そ、そうだよね!ごめんね!着替えてくる!!」

「う、うん」

もう不二裕太になんで抱き締められてたんだよ、とかそんなことどうでもよくなった。
それぐらい、心臓がばくばくして、詩織が管理小屋の中に入っていった後、回りに誰もいないかめちゃくちゃ注意深く警戒した。
運よく、誰もいなくて。
自分用に持っていた冷水をごくごくと飲み干す。

……あぁ本当に。

こうやって詩織に振り回されるのは、いつまで続くんだろう。
できれば、これからもずっと。
そうであればいいのに。

気づいたときには手遅れで。

もう知らない振りをすることは、ただの嘘つきになってしまう。

詩織が着替え終わったら、もう少し話そう。

「誰よりももっと……」

君を深く知れるように。

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