グラウンドに響く運動部のかけ声。
校舎にこだまする様々な喧騒に耳を傾けながら、私はヴァイオリンの弓を弾く。
内側から溢れる想いを、今日も音楽に乗せて。
私はいつも屋上で、大好きな曲を奏でていた。
「……詩織!」
「……流夏(るか)ちゃん!」
いつの間にか空は茜色になっていて、屋上に呆れ顔の友人がやってくる。
「陸上部の練習、終わった?」
「終わったから、ここに来てるんだよ?まったく……詩織はいつも集中すると時間忘れるんだから」
短く切りそろえた黒髪をいじりながら、流夏ちゃんは「伸びたなぁ。また切らなきゃ」と呟いていた。
「それ以上切ったら私が困るよ」
「なんで」
「男前過ぎて惚れちゃう」
発言した直後、流夏ちゃんに抱き締められた。
あ、違う。
これ、首絞められてる。
「それは私が何度か男に間違えられたことを蒸し返しているのか」
「め、滅相もございませぬ、お代官様」
チィッと舌打ちをしながら、流夏ちゃんは私の首に巻き付いていた腕を離した。
途端、がはげほっと咳込んでしまう。
「取り敢えず帰ろ」
ぽんぽんと背中を撫でられて、私は呼吸を整えながら頷いた。
校門まで歩いたところで、ふと振り返る。
「あ、切原だ」
私の視線に気付いたらしい流夏ちゃんが、そう声を漏らした。
特徴的な癖っ毛の男の子は、流夏ちゃんのクラスに遊びにいった時に見たことがある。
私はクラスが違うのであまり知らないけれど、その名前は流夏ちゃんの口から何度か出たことがあったから覚えていた。
……確かテニス部。
クラスメートの女の子三人くらいの想い人だったはず。
「……詩織?」
流夏ちゃんの声にはっとして、また歩き出す。
遠くの空は既に星が輝いている。
「今度の連休、イギリスに行きます」
「唐突だな。……まぁ、いつも通りお土産よろしく」
「愛を」
「腹が膨れるもので」
両手を差し出したら、ぺしんっと頭を叩かれた。
お土産ねだる人の態度じゃない。
でもそんな流夏ちゃんが好きなので、気にしない。
ヴァイオリンケースをぎゅうっと抱き締めながら、私は遠い異国の地に思いを馳せた。
……そして事件は起きる。
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