間違いなく、田仁志さんにだけ豪華料理出したのが気に食わなかったらしい。
でもあの料理の材料、ほとんどやる気を出した田仁志さんが集めたものだったりするので、なんというか田仁志さんは自給自足された感じなのだ。
「……そういうことで怒っているわけではないと思うがな」
「乾さん、心臓が口から飛び出したらどうしてくれるんですか」
「そんな死亡例はないから安心しろ」
いきなりぬっと現れた乾さんに洗い終わったお皿の山を手渡す。
戸惑いながらも乾さんはお皿を片付けにいった。……よし、追い払い作戦成功である。
「……やけに男の扱いがうまいですね」
あまりの台詞に吹いた。「ぶほぉっ?!」と盛大に吹いた後、むせた。死ぬかと思った。
「……何してるんですか、あなたは」
「……こ、こちらの台詞ですよ!何てこと言うんですか!木手さんは!」
呆れた声を出している人を睨む。でも目があったら怖かったので、超高速で逸らした。
「まぁ……そんなことはどうでもいいんですけどね。……今日は田仁志クンが迷惑をかけましたね。すみませんね」
淡々とした台詞過ぎて、何を言われたのかわからなかった。
眼鏡をくいっと中指で押し上げて、小さく会釈すると木手さんは去っていく。
長い影を落とす背中に不思議な気分に浸った。
昨夜もそうだったけれど、木手さんってよくわからない。
でも、わざわざ私に田仁志さんのことを言いに来た木手さんは、冷たくて非情に見えるけれど、実は仲間想いで優しい部長さんなんじゃないだろうかと感じたのだ。
ぼんやりとそんなことを思いながら、残りの洗い物を片付ける。
今夜は、午前中に鳳くんたちと見つけた温泉にみんなが交代で入浴しにいっているので、いつもより広場みたいなところには人がいない。……静かな夜だ。
「あ」
ぼーとしていたら、お皿を割ってしまった。
しんっとしていたからか、ガシャンっとその音は虚しく響く。
「……夢野さん、何しているんですか!」
「え?!」
割れたお皿の破片から顔を上げると、観月さんが血相を変えたように近づいてきていた。
「な、何って……洗い物を……そして割っちゃいましたごめんなさい」
「貴女は馬鹿ですか?!というか跡部君たちは何しているんです?!貴女にこんなことをさせるなんて……っ」
「い、いえ、私が勝手にしただけで──」
「貴女はヴァイオリニストでしょう?!この手は、この指はヴァイオリンを弾くものじゃないんですか!特に破片で指でも切ったらどうするんです?!」
吃驚した。
まさか観月さんがここまで私のことを考えて怒ってくださるとは思っていなかったのだ。
「……僕が後で柳沢くんあたりにやらせますから、貴女は休憩してください」
あぁ、そこは自分でやるとは言わないんですね。柳沢さんすごく不憫です。とか思ったら笑ってしまった。
観月さんの真剣な顔が余計に私に笑いを誘う。
「……何がそんなにおかしいんですか」
「だって観月さんが……ふふっ」
もう一度小さく笑ったら、突然観月さんの手が私の手を包んだ。
一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまう。
「僕は、貴女を応援しているんですよ。……んふっ、確かにはじめは僕のシナリオに必要そうな駒の一つだと思っていたんですがね」
やっぱり観月さん怖い。まさかそんなこと考えていらっしゃったとは。私の直感正しかった。
そんなことを考えて、生唾をごくりと飲み干したのとそれはほぼ同時だった。
ですが、と続けて、観月さんはジャージの上着ポケットからハンドクリームを取り出して、私の手に塗ってくださったのである。
「……貴女の音色を聞く度、貴女のことを調べるたびに、……応援したくなりました」
「み、観月さん、あ、あぁあの……っ」
目が回りそうだ。
優しい手つきで、私の手を撫でるようにしてハンドクリームを塗ってくれる観月さんに、心臓が停止してしまう。
やっと、やっと、白石さんによって乱された心が平穏に戻ってきたはずなのに……!
「……ヴァイオリン、僕の為に、これからも弾いてくれますね?」
「は、はは、はひっ!」
恥ずかしさにテンパって勢いよく頷いたら、観月さんは綺麗な顔で微笑まれた。
それは怖いくらい綺麗で、最後の台詞には何か他に別の意味合いが紛れ込んでいるんだろうなと、ぼんやり思った。
……とりあえず、噛んでしまった舌が、じんじんして痛い。
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