僅かな幸福
──全国へ向けての練習で、ここ暫くパソコンを起動することもなかった。
明日から馬鹿みたいに参加校の多い合宿が始まるし、暫く使えないだろうからと、パソコンを起動したのはたまたまだ。

そしたら、パンダこと詩織を見つけた。
善哉と山吹の室町だと知ったelevenはいないらしい。
……久し振りに二人っきりだな、とふっと口角が緩む。

《Eve:何してんの、パンダ》

《パンダ:少し……人を待っていたのでございまする》

一瞬ドキリとした。
ヒュッと喉が鳴って、肺に吸い込んだ空気は冷たい。

《Eve:……善哉、とか?それともeleven?》

《パンダ:え?違うよ。……ちょっと、気になることがあって……何故だか胃が痛い……心配するのもおこがましいかもで……げふ》

その返答に心臓を鷲掴みにされたような、妙に焦ったような感覚は消えた。
……はぁ、と溜め息をつく。

よくわからない。
なんだろ、これ。よくわからないから、イライラするんだよね。

「……一番よくわからないのは詩織だけどね。ムカつくなぁ、可愛いとこも全部ムカつく。まぁ目の前にいたら今の絶対口にしてやらないけど」

《Eve:意味分からないけど、まぁなんとかなるんじゃない》

《パンダ:わぁ。てきとうだね》

その後、詩織はその話を一切しなくなったので、俺も気にしないことにした。


《Eve:そうだ。聞きたいことがあるんだけど》

《パンダ:ほ?》

《Eve:いい加減携帯の番号とアドレス教えてくれない?》

チャット仲間で唯一知らないとかありえないと思うんだよね。
さらに善哉もelevenも俺より後だろ。パンダを知ったのってさ。
それなのに、神様ってのはつくづくたちが悪いと思うんだよね。

そんなことを無意識に口にしながら打ち込んだら、いきなり俺の携帯電話が着信を知らせてきた。
知らない番号。

『あはははっ、深司くん意味わかんないよ、私の番号なんて八百屋で大安売りしてるよ!ぷふぅ』

「ふぅん。じゃあその八百屋の商品買い占めなきゃね。他のヤツらに買われても困るし」

『え?あれ、わ私、く、口説かれてる?!』

「……馬鹿じゃないの。詐欺の電話とかに引っかかりそうだから、友達として助けてやろうと思っただけだから。……頭悪い発言するのやめなよ。耳が腐り落ちる」

『腐るだけでなく落ちますか!!深司くん、どうしよう!目から水が出て止まらない』

「鼻の栓だけは締めなよ。じゃ、明日早いから。おやすみ」

有無を言わさずプツンと通話終了ボタンを連打したら、電源が落ちた。
チャットルームからも急いで退室し、パソコンの電源も落とす。



「…………わかんないんだよね、俺自身もさ」

布団に仰向けに倒れて、見上げた天井に息を吐いた。

耳のすぐそばで聞こえた吐息の使い方に心臓が爆発しそうだった。
声が頭の中を占領する。

……泣きたいのは、俺の方だ。

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