友達との距離
「おはよう、詩織」
「あ、篠山さん、おはよ──」
「おは〜!詩織ちゃん〜っ」
「──ぐえっ」

今朝は、合宿数日間の緊張から解き放たれたためか、うっかり寝過ぎてしまっていた。といっても、遅刻というわけではない。

いつもより遅く教室に入れば、篠山さんが綺麗に微笑んでくれて、及川さんに抱きつかれた。首に腕を巻き付かれているため、窒息死してしまいそうである。

「及川〜、夢野さんを殺すなよー」

クラスメートの男子がそんな笑い声を上げたところで、及川さんは篠山さんによって回収された。
及川さんは不服そうに頬を膨らませている。……なんだか及川さんのほっぺ美味しそうだ。

「ふふ、タマは全体的に柔らかそうで美味しそうだものねぇ」
「……二人とも〜そんなエッチな目で私を見ていたなんて〜!」
「その反応は予想外だ!」

てっきり怒られるかと思ったけれど、及川さんは「うふふ」と可愛く笑っていて、そのおっとりした感じが彼女の良さなんだと思った。


「……それで、メールでも聞いたけど随分充実した合宿だったみたいね」
「そうそう〜!跡部様の──」

篠山さんは声高らかに跡部様の名前を連呼しようとした及川さんの口を塞ぐ。一瞬、クラスの子たちが「跡部様がどうしたの?」なんてこちらを見てきた。
篠山さんが「タマのいつもの妄想話よ」と答えればすぐに興味を無くしたらしく、女の子たちはまた違う話題に花を咲かせる。

しかし危なかった。
私が跡部様(正しくはテニス部)の合宿についていったなど知れてはいけぬ。よもやそんなことで嫌がらせなどを受けるとは思わないが、変な誤解を受けないとも限らない。

「……お代官様、南蛮の金の菓子はこちらに」

「まぁまぁ〜、そちも悪よのう〜、越後屋〜」

私は携帯電話のデータボックスを開いて、例のイケメン図鑑を及川さんにこっそり見せた。ちなみに篠山さんが及川さんにマスクをつけている。……余計怪しい気もしたが、まぁ周囲の反応的に大丈夫なんだろう。

暫く及川さんが目を輝かせて、私の携帯電話の画面を食い入るように凝視していた。マスクのおかげで興奮した声がこもって謎の奇声になっているけど。


「……何かあると思っていたが及川に頼まれていたのか」

「あ、若くん、おはよう!」

朝の練習にいっていたのか、今し方教室に入って自分の席についた若くんが私に呆れ顔を向けてきた。
頬杖をついてこちらを見る若くんはやはり美人さんだと思う。

「……っ、何を口走ってんだ馬鹿」

「しまった」

「何がしまった、だ。お前もう病気だぞ」

病院に行けとチョップまでされた。独り言が止まらないんです、なんてどこの病院に行けばいいのだろうか。

「若くんが一緒に付いてきてくれるなら行く」

「馬鹿か。俺が付き添わなければいけない理由を端的に述べてみろ」

「……さ、びしい……から?」

「ばっ……!」

瞠目した若くんが、今度は冗談じゃなく普通に額を叩いてきた。ものすごい速さで、しかもいい音が鳴った。

「……ふぅん」
「なるほど〜」

何やら若くんとのやり取りを眺めていた篠山さんと及川さんが、目を細めて頷いている。
なんだろうか。二人は何に首を縦に振っているのだろう。

「……詩織、日吉のことを名前で呼ぶ以上、私のことも下の名前でね?ちーちゃんでも可よ」

「え、あ……ちーちゃん?」

「あ、私も〜」

「た、タマちゃん?」

少し恥ずかしくなりながら、頭を傾げて恐る恐る口に出してみる。
すると二人は満面の笑みを浮かべて、私をぎゅうっと左右から抱き締めてくれた。

なぜだか無性に心が温かい。ふわふわするような、ぽかぽかするような……そんな優しい感覚に包まれている。



「……おーい、お前ら、仲が良いのは良いことだが、そろそろホームルーム始めていいかぁ?」

「おあっ!はい!」

先生の苦笑している声に我に返ったら、クラス中から生暖かい視線をもらっていた。
そして若くんからも「……バカ女」と口パクで呆れられたのだった。

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