これは危険だ
──朝食を食べに食堂に降りれば、柳生さんが私に近づいてこられた。

「夢野さん、昨夜は私のリクエストに応えて下さりありがとうございました」

「いえー」

丁寧な柳生さんの態度に少し苦笑する。というより、彼の斜め後ろにいるノートを広げている柳さんと乾さんが怖いからだ。

「……今日は氷帝の席で召し上がられるのですね」

「樺地くんのお誘いなんで……!」

思いっきり興奮気味に頷く。朝早くに樺地くんから「……朝食、一緒に……食べ……ましょう」なんてお誘いされたら、キュンっとしちゃうよ!思い出すだけで、あの可愛さに涎が出てしまう。

今度は柳生さんが苦笑する番だったが、特に気にしない。それぐらいテンションが高いのだ。

「……それから」

「?」

「彼が貴女に謝りたいということなんですが」

くそう。
柳生さんの背中に張り付いていた銀髪は背後霊的なものじゃなかったのか。

「……す、……すまんかった」

Eveさんの可愛さに癒されて忘れていたのに、鮮明に記憶が甦る。
頭を下げた銀髪の人は、大きな犬耳が見えるくらいシュンとしていて、ここで許さなければ私は鬼になるじゃないかと思った。

だから小さく息を吐いてから、目を合わそうとしないデカい人を私の身長に合わせるように屈んで欲しいと訴える。
彼──仁王さんは、何やらオロオロしながら言われた通りに屈んだ。

「これでいいんか──」
「謝る時は相手をきちんと見ないと、誠意が伝わりませんよ!」
「──うあ、わわわ、わかったナリっ」

仁王さんの頬を左右から手で押しつぶして、無理やり目を合わせる。
驚いたように見開いていた瞳。そして何故か気の毒になるぐらい、彼は顔を赤らめた。

「…………え、あれ?噂では女の人泣かせてるって……」

「っ、夢野さんっ、やめてください!女性がそんな……っ」

隣を見れば、柳生さんまで真っ赤だ。
というか、この人たちは何をそんなに狼狽えているんだろうか。

「……ほう。仁王にキスを迫るとは」

「…………奥手だと思っていたのだが」

柳さんと乾さんの台詞に思わずその場から逃げた。既に席につき始めていた氷帝のメンバーのところに行けば、何故か跡部様とジロー先輩の間しか空いてなかった。
まさか跡部様に樺地くんの隣がいいので、横にズレて下さいなんて恐れ多いことは口にできない。畜生、樺地くんは私の心を弄んだのか。ヒドい。


「……なぁ詩織ちゃん、仁王が好みなん?」

「シャラーップ!全然違います!私の好きな男性はパガニーニですから!」

忍足先輩め。
見ていやがったのか。

心の中の悪態がヒドいことになっているが、止まらなかった。

大体、仁王さんは人の胸を揉んだという痴漢行為を柳生さんに告白したのだろうか。
私だけが痴女扱いは下せぬ。否、けっして私はキスを迫ったわけではないんだが。寧ろ、ファーストキスすら、あのリョーマくんとの事故が初めてなのに。

「……詩織ちゃん、仁王にそんなことされたの〜?可哀想だC〜」

「夢野さん、事故は数に数えなくてもいいんですよ!」

ジロー先輩と鳳くんの台詞に私は心の底から仁王さんに謝った。

立海の席から、真田さんの怒鳴り声と拳が仁王さんに当たった音がする。

私は慌てて席を立ち、仁王さんの手を握って食堂から抜け出すことにした。
仁王さんを代表に十次くんも光くんも桃ちゃんと薫ちゃんも私の行動を驚いたように見ていたが、説明する余裕などない。
最後に切原くんに睨まれたみたいだった。



取り敢えず私の部屋で仁王さんの赤くはれた頬を冷やして、ただひたすらに謝るしかなかった。

仁王さんは終始無言だったけれど、何故か部屋から出る時に小刻みに肩を震わせる。

「……クク、ホントお前さんは変なヤツじゃな」

私の目を見て笑っていた。……やっぱり仁王さんは苦手だ。



「……お腹空いた……」

仁王さんが出て行った後、ベッドに寝転がって食べ損ねた朝食に思いを馳せる。

不意になったメール着信音に、あぁ榊おじさんに心配をかけてしまったのかと思ったら、若くんからのメールで飛び起きた。

内容を確認した瞬間に扉をノックする音が聞こえる。

開けたら、若くんと跡部様と樺地くんだった。

「……ったく、俺様の手を煩わせるんじゃねぇ」

「……だから、俺が持って行きますと言いましたが」

「一々煩ぇぞ、日吉。……樺地、運べ」

「ウス」

そもそも手を煩っているのは樺地くんだけである。さらに若くんも跡部様もナチュラルに私の部屋で朝食を食べ始めた。

「……ありがとう、ございます?」

「「フン」」

二人して似たような反応を返してくれたが、ちょっぴりこれが萌えなのかもしれないと悟った。

…………というか、確実に跡部様のファンの人に殺されるかもしれない。
監督である榊おじさんの姪だからこそ、跡部様も気を使ってくれているのだろうし。


なんとなく、優しさに甘えすぎている気がして、これからはもっと空気を読もうと決意したのだった。

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