*すべて我の手の内よ!

――カランコロン、と響く鈴の音色がやけに耳障りだった。

『おかえりなさいま……っ』

「……、……」

『し、失礼しますっ』

「待て」

『っ(びくっ!)』

「……案内せよ」

『……は、はいっ』

一連の流れは説明する気にもなれぬほど、淡々と。

否、我の目の前にいる阿呆な格好をした女は酷く狼狽えてはいるが。


『……ど、どうぞ、メニューでございます。ご、主人様……』

窓際の席に我を案内してから、赤い革表紙のメニューを渡す。

動揺は火を見るより明らかであり、我とは一切目線を合わさぬ女の瞳は涙に濡れていた。

「……紅茶で良い。それから、長曾我部にこれを渡すのだ」

『……え?』

お前に興味はないということが全面的に出るように、冷たくそれだけを口にした。

我も女を視界には入れず、窓の外を意識する。

呆気に取られながらも、女は返事を返して厨房へと消えていった。


「……ふぅ」

軽くついた溜め息は誰に気づかれることもない。

……まさか、誠だったとはな。

我は今更熱を持ち始めた面を隠すように、片手で覆う。

大体、何なのだ。この店は。

長曾我部の幼き頃の部屋を彷彿とさせる作りに、やつが好みそうなビラビラのあの制服。

否、確かにあの格好はあの女――上杉夢子に似合っていた。

我の心を乱すくらいにな。ちっ、苛つくわ。

あの怯えたような瞳も気に食わぬ。

『……お、お待たせいたしました。後、元親先輩から……有り難く受け取っておくが、元就、お前熱でもあるんじゃねぇのか?と伝言が』

イライラが募ってきた頃、夢子が戻ってきた。

まだ我に向けられる警戒心に心の中で舌打ちをしてから、表面上に今まで作ったことのない笑みを張り付けてやる。

「ありがとう。熱はないと姫若――否、長曾我部に伝えてくれ」

この瞬間の為に、どれほどの時間を鏡に向かったことか。

決してあの時を無駄にしてくれるでないぞ、と念を込めて、穏やかな口調を捻り出した。

うっかり出そうになった長曾我部への毒を必死に飲み込む。

『……元就先輩』

頬を僅かに紅潮させた夢子の様子から、どうやら概ね成功したようだ。

我はぐっとこらえて、すぐに鞄から取り出した文庫本に目を通す。

夢子は戸惑っていたが、すぐに他の客に呼ばれていった。


…………あの最悪の印象を払拭することは、難しいかもしれぬ。

だが、極力興味ない素振りをすれば、あの警戒心はいつか崩れるだろう。

懐に入ることさえ叶えば……逃がすこともあるまい。

それまで精々脳天気に笑っておればよい。

夢子よ、我を振り回す貴様は絶対に許さぬ。覚悟しておけ。
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