*意地悪な王子様

「悪いね、夢子君」

『いえ……』

私が支えていた梯子になっている踏み台から降りてから、半兵衛さんは小さく微笑まれた。

たいしたことはしていないので、ふるふると首を左右にふる。

ここは離れの一階にある書斎。

今は菊ちゃんが寝起きをしていて、大きなソファには乱雑に毛布がくるめられていた。

「……菊一君か、三成君に頼もうか迷っていたんだけど、君が来てくれて助かったよ」

私の視線の先を見ながらそう言った半兵衛さんの眉間にはシワが寄っていく。

半兵衛さんは基本的に綺麗好きで、どうやら菊ちゃんの上着やらが床に転がっていることが許せないみたいだった。

『菊ちゃん、夜遅くまで書類作ってましたから』

慌てて菊ちゃんの上着などを拾い、ハンガーにかけていく。

「……君は甘いね」

そう言った半兵衛さんは呆れた口調とそれに伴う表情を浮かべていた。

床の上だけはなんとか片付け、私もつい苦笑してしまう。

「……本館工事が終わったら、菊一君にはこれをどうにかしてもらわないとね……ところで」

『……っ』

びくっと身を固める。

いつの間にか、後ろから半兵衛さんに抱き締められていた。

半兵衛さんの細いのに、やはり男性の腕が、私を離さない。

強い力だ。

『……ご、ごめんなさい、半兵衛さん』

謝ってなんとかそこから脱出しようと試みる。

まだ私の気持ちは不安定で、こんなことではいけないのです。

「…………抵抗するのは、僕が嫌いだからかい?」

『……っ』

必死に半兵衛さんの胸元に手をついて逃げようとしている私の耳元で、悲しそうな音色が響いた。

本気で切ない声。


っ、違います。
嫌いなわけないじゃないですかっ

泣きそうになって振り返れば、そこには意地悪そうに綺麗に微笑む半兵衛さんの顔があって

「……御馳走様」

軽く触れ合った唇を離し、半兵衛さんは腕の力を緩めてから、私の頭を撫でられた。


読みたかったという本を手に、書斎から出て行く半兵衛さんの後ろ姿は、とても機嫌が良さそうだ。




え……?

どこからどこまでが、あの人の計算だったのでしょうか。


菊ちゃんがやってくるまで、私はその場に座り込んでいました。
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