恋しぐれ | ナノ




「肥料を変えるべきかエサを変えるべきか…それが問題だ」
「鬼灯さん鬼灯さん、見てくださいこの子!」


ふむ、とゆらゆら揺れる金魚草を眺めながら独り言をこぼすと、なまえの明るい声が鬼灯の耳に届く。
腰を上げて近づけば、彼女が1から育てていた金魚草が一際大きく成長したらしく、雄々しい声をあげながら身を震わせていた。
驚くべきはその色で、本来ならば赤く色づくそれは青紫色に染まっていたのだ。秋頃になれば赤紫に紅葉するが、青みがかったその色彩は見たことがない。


「こんな色見たことないですよね?」
「ええ、興味深いですね…肥料は何を?」
「品種改良された金魚草が枯れたものと厳選した堆肥を混ぜて―…」


2人してそれを見上げながら言葉を交わしていると、ちょうど廊下を通った獄卒から声がかかる。
どうやら彼の従兄弟も金魚草を育てているらしく、没頭しすぎて奥さんを怒らせることも多々あるようだ。


「それに比べてお2人は仲が良いですね、やっぱり趣味が合うと違うんですかね」
「ありがとうございます。嬉しいです、…とっても」
「…まぁ私たちはあまり暇もない身ですので、つい趣味にのめり込んでしまうというか」


仲が良いと言われたことが余程嬉しかったのか、はにかみながらほんのりと頬を赤らめるなまえと、そんな彼女を見つめる鬼灯。
彼らが夫婦になって随分経つと思うのだが、本当に仲睦まじいな、とこちらまであたたかい気持ちになってしまう。男は両手に抱えた資料を持ち直しながらそろそろ結婚考えるか、と足を進めたのだった。





所変わって食堂に赴いたなまえたちは、食事をとりながらテレビを観ていた。
広大な大地に荒野を駆ける動物たち、突き抜けるように澄んだ青い空。今回の特集はオーストラリアらしい。


「オーストラリア、行ってみたいですね!」
「ええ、休みさえ取れれば…」
「あっ、2人とも今夕食?一緒に食べていい?」
「邪魔なのでお断りします」
「扱いがひどい!」


他愛ない話に花を咲かせていると、巨大なシーラカンス丼を持った閻魔が朗らかな笑みを浮かべて近寄って来た。彼の申し出をすぱっと一刀両断した鬼灯は、閻魔には見向きもせずテレビに釘付けだ。
困ったように笑ったなまえが隣を勧めると、ありがとうなまえちゃん、と閻魔は涙ぐみながら腰を下ろした。


「しかしいいなぁ海外かあ……」


閻魔の一言に、魔女の谷へ観光に行きたいだとかエアーズロックに旗を立てたいだとか話す2人を、なまえはにこにこしながら眺めた。
時折口げんかのようなやり取りをしつつも仲のいい鬼灯たちに微笑ましくなる。鬼灯が役に立たない上司と小言をぼやいているのも耳に挟むけれど、良いコンビだな、と白米を口に運んだ。


「でもオーストラリアは私も行きたいです。…コアラめっちゃ抱っこしたい」
「ふふ、鬼灯さんってかわいい動物好きですよね」
「え!?君どっちかっていうとタスマニアデビル手懐ける側だろ!?」


驚愕に染まる閻魔を他所にワラビーやカンガルーについて語り出す鬼灯は意外と動物好きだ。心なしか常よりずっと生き生きとした表情をしている。
つぶらな瞳や柔らかな毛並み、温かいぬくもりに癒されるのだと以前聞いたことがあった。そういう論理なら幼いなまえにもそれに似た癒しを求めていたのかも知れない。

よく膝の上に誘われていたな、と少し懐かしい思いに浸っていると、話は好きな異性の好みへと移ったようだ。
ぴくっと肩を揺らしてしまうのは許してほしい、なまえにも気になる話題なのだ。こくり、とかすかに鳴った喉を誤魔化すように視線を彷徨わせる。


「このコは割と可愛いと思います。早めにあの世へ来てほしいくらいです」
「……」
「あ〜…君こういう感じが好きなんだー…」
「いえ…別に顔の好みはあまりないのですが……」


虫や動物に臆さない人が好きですね、という言葉にほっと胸を撫で下ろす。特に動物も虫も嫌いではないから、とりあえず好みには当てはまっているようだ、と気を緩めた。
そんななまえを見据えた鬼灯は呆れ混じりのため息を吐きながら口を開く。


「…なまえ、貴女は私の妻なんですよ。妙なことを考えなくとも……ああ、そう思うと私の好みはなまえということになるのでしょうか」
「えっ!」


なまえの思考を見透かすように瞳を細めてこちらを見やる鬼灯に頬を甘やかな熱で染め、そっと微笑む。
自分が彼の好みに当てはまっているかもわからずにここまで来てしまったから不安だったのだけれど、一瞬でその靄を吹き飛ばしてしまった鬼灯にはやはり敵わない。

見つめあう2人の間にやわく優しい、見ているこちらがくすぐったくなるような空気がうまれると、閻魔はやれやれといった風に声をあげた。


「なまえちゃんは相変わらず可愛げがあるねぇ」
「人の嫁をいやらしい目で見ないでくださいヒゲ面」
「それに比べてこの子は…」


じとりと鬼灯を睨む閻魔に素知らぬ顔で汁物を啜っていた彼が、ふと目をテレビに向け小さく目を見開く。
鬼灯に倣い画面を見た閻魔はあんぐりと口を開け、なまえも首を傾げながら視線を走らせれば、当選者の皆さん、という欄に彼の名前を見つけた。
水を打ったような一瞬の静寂ののち、閻魔が騒ぎ出す。


「当たってる!?オーストラリア4日間の旅!!」
「閻魔大王!私有休頂きますよ、なまえの分も!止めても行きますからね!!」
「むしろワシも連れてけよ!!」
「嫌に決まっているでしょう、夫婦水入らずですよ!?」
「え、わ私もですか!?」


考えると婚姻を結んでから初めての海外旅行かも知れない。唐突な誘いに戸惑ったなまえも、好奇心をつつかれて胸を弾ませる。
そうしてペンを鳴らしながら予定を確認する鬼灯に強引に押し切られるように、オーストラリアへの旅行が決まったのだった。



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