閻魔大王の第一補佐官という立場上、鬼灯への取材や会見など珍しいことではない。なまえも矢面に立つことはあまりないものの、数回程度なら取材を受けたこともある。 ただ、今日閻魔殿に訪れた記者は一風変わった猫又だった。二又に分かれた尾をゆらゆらと揺らし伺うようになまえたちを見上げる彼。 そのあたたかそうな毛皮にくるまれた前足に名刺を差し出され、鬼灯と並んでのぞきこむ。 「小判」 「猫又社、週刊三途之川専属記者…ん?どこかで聞いたような…」 聞き覚えのある誌名に頭の片隅に残っていた記憶がつつかれる。が、どうにも思い出せずに頭をひねると、同じく首を傾げていた鬼灯がああ、と手を打った。 「そういえばなまえの後見人になった際、騒いだので少し…締めましたね。その時の担当記者の名前は忘れましたが」 「先輩が鬼灯様の取材だけは嫌だって言ってたのそのせいか!」 当時もゴシップを主に綴っていた瓦版であったけれど、そのスタンスは今も変わっていないようだ。 昔のことではあるものの、なまえについて面白おかしく書き立てられた記事を思うと今でも眉間に深くしわを刻んでしまう。 一層警戒心をむき出しにした鬼灯はなまえの手を掴み足早に廊下を進みながら冷たく言葉を重ねる。 「ゴシップ誌に会見することは一つもありません。特になまえの件以来そういう類の記者からの取材は受けないと決めました」 「ちょちょ、待ってくだせェよ!ねぇ、なまえ様からも何とかおっしゃってください!」 にゃあにゃあと足元に縋りつかれては無下に振り払うことも出来ず、なまえは足を止める。 確かに以前面白半分で書かれたそれには呆れたし苦い思いもさせられたが、もう昔のことだ、水に流したいという気持ちもある。 けれど今回は新たに鬼灯が被害を被ることになるのだ。それだけは見過ごすことが出来なかった。 「…私の記事のことは過ぎたことですし、もう構いませんが…鬼灯さんを次の標的にするのはやめてください」 「ええ!?標的だなんてとんでもニャい!ただ純粋に取材させていただければそれでいいんでさァ」 しつこく食い下がる小判の必死さにううん、と唸ったなまえにもう一押し、と今度は鬼灯に目を向けた。 小判の諦めの悪さとつれない態度にも食らいつくその根性は他に類を見ないものがある。 前足をすりあわせて鬼灯に近寄る小判は、その内側に目の敵にしている報道部への密かな執念を燃やしながら科白を連ねた。 「鬼灯様の一日密着!い〜でしょォ?やらせてくだせぇ。それとも猫はお嫌いですか?」 「…いえ猫は好きなのですが……」 「うちには金魚がいますからね…」 鬼灯にこしょこしょと顎の下をくすぐられながら問いかけると、困ったように顔を見合わせる2人に変なところで似た者夫婦だな、と小判は苦く表情を歪めた。 「そんなに話題が欲しいのなら奪衣婆の脱衣でも載せればいいでしょう」 「投げやりにも程がある提案せんでくださいよ」 丸められた紙くずのように皺の寄った年寄りの裸体を脳裏に思い描いた小判は、もはやホラーでしょ、と声をあげた。 なまえはそんな小判を見つめ、ふむとひとり頷く。鬼灯が低俗なゴシップの食い物にされるのは許せたものではないけれど、ここまで頼み込まれると少しくらいなら、と肩を持ちたくなってしまうのも道理だった。 「鬼灯さん、ほんの少しくらいならいいんじゃないですか?」 「なまえ様!なんてお優しい!」 「入稿する前に原本をこちらに送っていただいて、確認してから是非を決めるのもいいのでは?」 「あー、もうそれで構いません!お願いします!」 鬼灯を仰ぐ2人の瞳にも動じることなくくっと眉を寄せた鬼灯は引き結んでいた唇を紐解き、憮然とした態度で小判を見下ろした。 「そもそもゴシップ誌はいかがわしい、信用できません」 「我が三途之川はオシャレ青年誌!可愛いニャンコもニャンニャン満載!いかがわしくなんてニャいです」 「いかがわしく聞こえるのは私だけですか?」 「私もです…」 お姿だけでも、と小判は媚を売るようにごろごろと床に身体を擦り付ける。それをすっぱりと一刀両断されても尚引き下がらない小判とつれない態度を取る鬼灯。2人の間に割り込むように入った電話の着信が彼らの押し問答を遮った。 「お邪魔はしませんから!ね、ねっ」 「わかりましたよちょっと静かにしてください」 どうやら電話の相手は白澤だったらしく、顔も合わせていないというのに白豚さん、などと言って煽るあたり鬼灯にも困ったものだ。 兎にも角にも許可は貰った、と喜ぶ小判に微笑みながら、執務室へと足を進める鬼灯の後を追ったのだった。 * ぺたり、ぺたりと捺印をこなす音と書類にペンを走らせるかすかな音だけが部屋に響く。 2人肩を並べて会話もなく淡々と仕事を片付けていくその姿に、小判はつまらなさそうに身を反らした。 「にゃ〜んか…地味〜なんだよなァ…もっとこう…ないスか?派手な画が」 「デスクワークはどうしても地味に思われてしまいますよね」 「補佐官の仕事なんて大半は紙の上での処理なんです」 「でもォ〜…あるでしょ、拷問訓練とか出張とか予定変更できません?」 ふう、とため息を吐いてペンを置いた鬼灯はねだるような上目遣いを寄せる小判に苛立ちを隠すことなく顔を歪めた。 過去のこともあってか毛嫌いしているなぁと苦笑しつつなまえは手元の書類を整理する。なまえが代わりに取材を受けてもいいけれど、彼は鬼灯を記事にしたくてわざわざ閻魔殿まで足を運んだのだから、申し出るのも気が引ける。 そんななまえの心内を知ってか知らずか、鬼灯が駄目ならば、と懲りない小判は鬼灯の隣で資料に目を通していたなまえに向き直った。 「じゃあなまえ様のお写真だけでも!」 「え、私ですか?」 そう、彼女も多方面から注目される有力株なのだ。 これまで誰も選出されなかった第二補佐に身を置き、鬼灯の妻という立ち位置も物にしている。しかも以前は鬼灯を後見人としていたと聞く。謎に包まれているその出生やそこに至るまでの経緯は、小判の記者魂に火を付けるものがあった。 同じ轍は踏まない主義なので、先輩記者が犯した失態を繰り返すことはしない。まずは約束を守り信用を勝ち取るところから始めるのだ。 それに、上手くいけば外堀を埋めるごとく本命である鬼灯の深層を記事にすることが出来るかも知れない。 そうと決まれば、早速お得意のおべっかの出番である。 「なまえ様と言やァ嫁にしたい各界の女性著名人ランキングで堂々のベスト8入り!」 「そ、そんなマイナーなランキングいつの間に……」 「なまえ様、結構人気あるんすよ?夫の一歩後ろを歩く慎ましさ、かといって言いなりという訳ではなく一本筋の通った言動……まさに大和撫子!温厚篤実でおまけに愛らしい見目をしておられる。こりゃあ世の中の男どもはころっといっちゃいますよォ」 小判はそのやわらかな毛並みに包まれた前脚を招き猫のようにくい、と曲げながら言葉巧みになまえをおだてる。 媚を売られているとはわかっていてもほのかに頬へたまっていく熱は止められなかった。 「……っあの…」 「…そのくらいにしてください、なまえの許容量を越えます。あと私が不愉快です」 恥ずかしいやら恐縮するやらで、はくはくと口を開閉させるなまえはそのうち頭をパンクさせてしまいそうだ。 見兼ねて小判を止めた鬼灯はなまえが魅力的なことなどわかっています、と言葉を落としながら冷ややかな眼差しを猫又に投げた。 彼のその言葉が彼女にとどめを刺したことは意図的なのかそうでないのか。 「まあ鬼灯様の愛妻ぶりは周知の事実なんですけどねェ。ほら、なまえ様が第二補佐官に任命された直後の記者会見で大々的に夫婦だと公言されてましたし」 「ああんまり恥ずかしいことを思い出させないでください…」 触れてほしくない思い出を口達者に誘い出されてますます頬が熱くなる。 顔から湯気でも立ちのぼりそうだ、とたまらず両手でそこを覆ってしまうなまえの頭を撫でながら、鬼灯は諦めたように息をついた。 このまま矛先をなまえに変えられるくらいならいっそ場所も変えて気を逸らした方がいいだろう。鬼灯はそんな思いで口を開く。 「わかりました、外へ出ましょう。ただし写真は私がいいというまで撮らないこと、あとなまえはここでお留守番です」 「は、はい」 「え、どうせならなまえ様も…」 「私の特集記事でしょう、なまえは関係ありません」 ほっと胸を撫で下ろしながら鬼灯と互いを見交わすなまえを横目に、小判はしめしめと内心で舌なめずりをする。 なまえには逃げられてしまったが、本来の目的はこちらだ。 笑いをこらえるように小さな手を口元に当てる小判を冷たい光を灯した切れ長の瞳が眺めていたことに、結局彼は気づくことができなかったのだった。 「鬼灯さん、これ送られてきましたよ」 「ああ、発刊されたんですね」 なまえが手にしている雑誌は"週刊三途之川"。小判が担当した例の記事が載っているそれは、きちんと目を通した鬼灯から許可を出されて発刊されたものだ。ざっと斜め読みをして小さく首を傾げる。 普通どんなゴシップにも写真の1枚くらい添えられていると思うのだけれど、鬼灯が特集されているそれに彼の姿はない。 飾り気のない記事を疑問に思いながらも鋏を手に取る。 「なまえ、まさかそれも切り抜くんですか」 「はい、これも立派な記事ですし」 にこにこと朗らかな笑顔を浮かべながら刃を入れるなまえは、鬼灯が取材を受けた全ての記事、特集その他諸々をファイルに綴じているのだ。 「貴女も飽きませんね…」 「私の趣味みたいなものですから。これをやめるときは鬼灯さんを好きではなくなったときです。…だから、一生変わらない趣味ですよ?」 「…なまえは恥ずかしがり屋なのかそうでないのか、時々わからなくなりますね」 あまりにもまっすぐ紡がれたそれに、珍しくたじろいだ鬼灯をなまえはきょとんと見つめる。彼女が口にした言葉は鬼灯にとってたまらない殺し文句だったのだが、認めるのもどこか悔しい思いがあるのでそれは心に秘めておくことにする。 なまえからそんな言葉が貰えるのならあの猫又との時間も無駄なものではなかった、と鬼灯はひとつ頷いたのだった。 |