*day_6_largo*


昔話を、しようか──


 総悟の口から語られたのは、総悟が生まれる前の……少し昔のお話。


 沖田家の仲のよい姉弟。姉は今の理事長で、名前が杏子(きょうこ)。弟は総悟の亡くなったお父さんで、名前が勝悟(しょうご)。
 高校時代に、2人はかけがえのない友人と出逢う。近藤周平(しゅうへい)と、真田桃子(ももこ)。
 杏子は友人となった桃子から、幼なじみだという周平を紹介される。年下だがしっかりした考えを持つ周平に、杏子は次第に惹かれていく……桃子と周平が恋人同士だと知りながら。
 少しして、2人を沖田家に招待した杏子は弟の勝悟を紹介。音大を目指している共通点を持った男たちは、すぐに意気投合し。いつの間にか、4人でいることが当たり前になっていく──。

「そう……当たり前のように、私たち4人は一緒に過ごすようになって。私は勝悟が桃子に一目惚れしたのを利用して、周平の気持ちが自分に向くように別れさせたのよ。そして、まんまと結婚までこぎつけて」

 でも、バチが当たったのね。理事長の独白は続くかと思われた。

「私たちの間には、長く子供が出来なくて。それでも勲を養子に迎えることが出来て、やっとこれからって時に……私を残して3人とも逝ってしまうなんて」

 だから、子供が出来なかったのには理由があったんですよ──理事長の言葉を遮るように、総悟が強い口調で告げる。

「総悟。お前、何を言い出すんだ?」
「やっぱり、近藤さんにも伯父さんは教えてなかったんですね。夫婦に子供が出来なかったのは、伯父さんの生殖機能が完全ではなかったからだそうですよ。伯母さんや近藤さんが海外に仕事に出た時だけ極秘で通院していた、という記録を何とか突き止めました」

 ──そして、改めて出された"DNA鑑定"と書かれた書類。

「総悟。それは……」
「父さんの遺品から何とか採取したDNAで、鑑定を依頼しました。間違いないですよ。【沖田勝悟と沖田総悟が親子である確率 99.85%】らしいですから?」

 理事長は震える手を伸ばし、鑑定書を見つめたまま動かなくなってしまった。

「お前、いつの間に鑑定だなんて……」
「一か八かではあったんですよ。最悪、DNAの採取が不可能なら遺骨でも使うかとか。まあ、意外と遺品が多いこともあってか、年数が経ってた割には簡単に採取に成功したみたいですけど」

 その辺の依頼を任されたのが、どうやらさっちゃんだったみたいだけど。前世の忍者は、現代では探偵紛いのことを生業にしているようだ。

「ねぇ、総悟……」

 正気に戻ったのか、は分からないが。理事長が、生気の戻った目で総悟に話し掛ける。

「はい。何でも訊いて下さい。この機会に、とことん話し合いましょうか」
「──私、いつから、意識が混濁していたのかしら?」
「母さん……。今までのこと、覚えてるのか?」
「回線が、繋がらないの。……私の時間は、あの事故の頃からほとんど進んでいないのかもしれない」

 ゴリが総悟に目配せをし、ゆっくり理事長の背中を撫でている。落ち着けるように、優しく。

「周平さんの生殖機能の話も初耳だわ。……私は、本当に何も知らなかった。知ろうともしなかった。疑うばかりで、自信もなくて。勲を養子にする、って周平さんが言い出して初めて……やっと本当の夫婦になれる気がして」
「母さんは、俺がまだガキの頃に本当の親を亡くした時から、とっくに俺にとっての母さんだったよ。親父の弟子になりたい、って無謀なこと言い出した俺のこと。馬鹿にもせずに、ずっと励ましてくれたろ? 音楽のことは分からないけど、それ以外のサポートは全部してくれるって……あの言葉がどれ程、俺の支えになったことか」
「近藤さん……」

 総悟は、一瞬迷った表情を見せたけど。すぐに思い立ったように口を開いた。

「早く、近藤さんを養子にしていれば良かった、って。事故の前に伯父さんが父さんに話しているのを聴きました」
「総悟……」
「それ、本当なの?」
「はい。子供が出来ない理由は、その頃の俺はもちろん知りませんでしたけど。今思えば、父さんたちは打ち明けられていたのかもしれません」

 目を見開く理事長に向けて、更に総悟の仮説は続く。

「杏子を、母親にしてやりたかった、って、伯父さんが口にした時。父さんは、これからでも遅くないだろう……と。俺は子供だったし、単純に"勲兄ちゃん"が本当に従兄になることが嬉しかったことしか覚えてなかったんですが」

 理事長が堪えきれない、とばかりに顔を覆って泣き出してしまう。背中を撫で続けていたゴリの目からも、静かに涙が零れていった。

「悪いのは、あることないこと騒ぎ立てやがったマスコミの奴らでさァ。色々裏を取って、あのでっち上げ記事のスクープを一番に出しやがった週刊誌の記者をあぶり出してもらってる最中なんです。もう少し、待ってて下せェ。業界にいられなくなるように週刊誌毎、名誉毀損で訴えるつもりなんで」

 ──ドSスマイル、全開。まともにそれを見た私とゴリは顔をひきつらせた。理事長には見えなかったようだが。

「訴える、って。出来るの? そんなこと……」
「任せて下さい。この件に関しては、伯母さんは何もしなくても完全な被害者ですから」
「総悟。程々にしておくんだぞ? お前の名前は世界に知れているんだ。訴訟だ裁判だなんてなれば、それこそマスコミが黙っちゃいないだろう」
「大丈夫ですよ。沖田の名前も、近藤の名前も。表には一切出さずに解決しますから」
「──そ、そうか。だが、せめて法に触れない方法を使うんだぞ?」

 ゴリの口振りからすると、総悟には前科でもあるのだろうか。笑顔がかなーり、強張っているのが分かるんだけど。

「総悟」
「何ですか、伯母さん?」

 ごめんなさい、と。理事長のか細い声がして──その身体は、ゆっくりと崩れ落ちた。

「母さん!」
「伯母さん!!」

 張りつめていた気が、一気に弛んでしまったのだろうか。理事長は涙を拭うこともしないまま、完全に意識を失っていた。

「やっと、解放されたのかもしれんな」
「……そうですね」
「済まなかったな、総悟。こんな真実が隠されていたのなら尚のこと、早く母さんを止めるべきだった」
「俺のことは、いいんでさァ。伯母さんも、近藤さんも俺の大事な家族ですから。家族の悩みは、お互いに解決するもんでしょう?」

 ゴリの大きな手が、小さな子供にするように……総悟の頭を撫で回す。

「そうだな。俺たちと、トシやミツバさんも。みんな、家族だもんな!!」
「土方さんは正直いりやせんが」
「ハハハッ! それでこそ総悟だなぁ。だが、いい加減認めてやれよ? お前だって、内心はいい兄貴だと思ってるんだろう?」
「……思ってなんかいやせん」

 子供みたいな表情を覗かせる総悟が、何だか可愛くて吹き出してしまう。──ああ、相変わらず素直じゃないんだから。トッシーのこと、認めてないんだったらミツバさんを託したりなんかしてないはずだから。

 ──その後。理事長を抱き上げて運ぼうとしたゴリの背中に、総悟は声を掛けた。

「近藤さん。さっき俺のことはいい、って言いやしたが……神楽のことは別です」

 ……っ!! そうだ。すっかり、忘れるところだったけど。私が落ちた、ことに関してはまだ不明だったんだ。

「総悟、それは……」
「近藤さん、本当は知ってるんじゃないですか? 神楽が、どうしてあの事故に遭ったのか」

 ゴリが困った表情を浮かべるのを見ながら。私の頭が、チカチカとフラッシュバックを起こす。
 ──第8練習室。風で舞い散る楽譜。理事長の悲鳴のような、声。

『桃子ッ!?』

 木に引っ掛かっていた最後の楽譜に手を伸ばした拍子に──。

「あれは、事故には違いがなかった」
「やっぱり、知ってたんですか!?」
「すまん……。チャイナさんは、どうやら開いていた窓からの突風で飛ばされた楽譜を拾ってくれていたようなんだ。一応まとめてはおいたが、位置が変わっていただろう?」

 ゴリが、私の事故の瞬間を見ていた……? そういうこと、なの?

「楽譜を拾っていた神楽は、どうなったんですか?」

 総悟の瞳に、炎が宿っている。私の、聴こえるはずのない鼓動が、バクバクと早鐘を打つ。

「窓の外の木に引っ掛かっていた最後の一枚らしき楽譜を見つけたんだろうな。チャイナさんが、大きく身を乗り出したんだ。部屋に入ろうとした俺が見つけて、危ない、と叫ぼうとした瞬間。後ろにいた母さんが走って入って行くのを、見てるしか出来なかった。母さんの顔が、あまりにも青ざめていて驚いて……」
「伯母さんは、何を?」
「ただ、叫んだんだ。『桃子ッ!?』と。多分、総悟の母さんの学生時代と同じ髪型をしていたチャイナさんを見間違えたと思うんだが」

 ──そうだ。そして、私はその声に驚いて。窓から、落下したのだ。


年単位でお待たせしましたし。ここで切るのはあまりにもドSなんで、続けてupいたします…。
長すぎました、すいません…。

'13/07/03 written * '13/09/25 up



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