*day_5_dolce*


あなたに、逢いたかった──



 気づけば、すっかり日は暮れて。生霊生活(?)5日目も、あと数時間で終わろうとしていた。

「──さすがに、参った」
「へっ?」

 総悟が到着したあの後。さっちゃんからの報告は、私たちにダラダラ教えてくれたのとは違って、テキパキと要点を押さえたプロっぽいものだった。総悟はその報告を、顔色ひとつ変えることなく腕組みしながら聴くだけで──。

「なァ、神楽」
「何、アルか?」
「お前はどう思った?」
「どう、って……」

 総悟が言いたいのは、きっと、理事長の精神科通いのこと。精神科に罹っているからといって、病状が判明している訳ではない。だから、錯乱とかして私を突き落としたかも、なんて……推察にすぎないのだ。それでも、総悟はその可能性が少しでもあることに、複雑な思いをずっと抱えているのだろう。

「総悟が、信じてあげてヨ」
「神楽……」
「疑うのは簡単なことだけど、最後まで信じるのって難しいことだって私は思うネ」

 目を逸らさないで、真っ直ぐに。総悟はそんな私を黙って見つめる。

「お前は──昔(前世)から変わらねェな。真っ直ぐで、馬鹿正直で、純粋で。ひん曲がって生きてきた俺には、眩しく感じる時もある」
「総悟が曲がってんのは性根からだから仕方ないネ」
「おー、言ってくれんじゃねーの」

 私の憎まれ口に、怒るでもなく。総悟はそのままピアノのところまで歩き、静かに蓋を開いた。

「こういう時は何か弾いてた方が気分転換になるか。……神楽、何かリクエストあんなら言えよ」
「ふぇっ!? いきなり言われても出て来ないアル! あ、でもっ」
「でも?」
「あの時のレクイエム! モーツァルトの、でしょ? 総悟のCDにも入ってて、私、ちゃんと買って聴いたのヨ。でも、やっぱり生で弾いてくれたのが忘れられなくてっ」

 総悟が母のために、と弾いてくれたレクイエムは、私の哀しみの底にいた心までも掬い上げてくれた。魂までも揺さぶる、それでも大きく包み込むような癒やしの音の渦。

「レクイエムか……そういや、しばらく弾いてねーなァ」
「楽譜見ないとムリ?」
「あァ? 誰に言ってんでィ。俺は一度覚えた曲は忘れねェんだよ」

 目を閉じて、思い出される泣いてばかりいたあの頃の自分。その中に飛び込んできた、見た目だけは王子様みたいな、口の悪い……でも優しい男の子。もう一度会って、あの日のお礼が言いたかった。募っていく想いが恋心だって自覚してからも、会いたい気持ちに変わりはなくて。

「──ずっと、会いたかった」
「神楽?」
「思い出せなくても、その想いは一緒だったのかな?」

 前世を思い出せたのは、総悟と再会したからだけれど。魂の記憶が、無意識に総悟を求めていたのかもしれない。

「前世は、音楽なんて無縁だったのにネ。剣に生きるのが侍だ〜なんていっつも言ってたもんナ」


 それが今では、こんなにも人を感動させる音を奏でるピアニストになって。

「私も……総悟みたいに、なれるかな」
「なれんだろ、神楽なら。俺も、お前の歌、いっぱい聴きてェと思うし」

 器用に、指を動かしながら。繊細な音を響かせながら。──総悟が奏でるレクイエムは、静かに終曲へ向かう。

「神楽」
「な、に……?」

 最後の音から、間を置かずに。真剣な声色で、総悟は私に話しかけてくる。只ならぬその雰囲気に、一瞬、感じるはずのない体感温度が下がった気がした。

「今のレクイエムは……俺を庇って命落としちまった、前世のお前に捧げさせてくれねェか?」
「──えっ? そーご、何、言ってる、の?」
「思い出せなくてもいいんだ。俺の自己満足にしかなんねェのも分かってんだ。……ただ、もう二度と、神楽を目の前で失いたくねェ。いや、目の前でなくても、失うのは御免だ! 今度こそ一緒に幸せに、なるって約束、果たしてェんだ」

 ──あぁ。記憶の渦が、ぐるぐると、脳内から溢れ出して映像のように目の前に映し出されていく。総悟に、こんな顔させるつもりじゃなかったの。ただ──生きて欲しかった。私が、いなくなっても。
 そんな目を背けたい記憶だから、逃げるように、逃れるように、前世を憶い出すことを無意識に恐れていたということなんだろうか?

「ごめん……アル。ずっと、そうやって自分のこと責めてた? 私が、総悟を縛り付けてっっ」
「何言ってやがんでィ。だからてめーは頭が足りねーんだ。お前に縛られんのなんざ本望だっての。死んでも、生まれ変わっても、離さねェんだろ?」
「……うん。絶対、離してやんないアル」

 どうしよう──私、分かってしまった。まだ混乱はしているけれど、きっと。忘れてしまっていた事故前後の記憶と、絶賛憶い出し中の前世がキッチリ蘇ったら──私のこの生霊生活は、終わりを告げるような気がする。
 何も思い出せないままの、総悟と交わることのない転生、を哀れんだ神様が。情けをかけて作ってくれた、奇跡の時間なんじゃないだろうか?

「俺、本当は行くの渋ってたんだけど。前々から、土方さんに活動の拠点をヨーロッパに移さないかって誘われてて」
「お姉さんも、いるから?」
「まあ、それもあるけど。一番は、出演依頼がヨーロッパがダントツだからかもなァ。一旦拠点をウィーンとかパリ辺りに移しちまえば、大体は近隣国を回れちまうし」

 総悟の言うことは尤もだ。むしろ、総悟ぐらいのレベルの高い現役のピアニストが日本に留まってることの方が不思議なくらい。

「神楽に逢えるのを、さ。待ってたんだよな……らしくもなく」
「総悟──」
「このままの状態じゃ、到底ヨーロッパなんざ行ってらんねェとは思うが。それでも、神楽が眠り続けちまうんだとしたら……俺がお前をヨーロッパまで連れて行きてェと思ってる。ずっと、傍で俺のピアノ、聴いてて欲しい。あと、神楽の歌も聴きてェし」

 ずっと、ずっと──そんな夢みたいな話。手放しで喜ぶことも出来ない私は、曖昧な笑みを浮かべるしかなくて。

「考えといてくれねェ?」
「……うん」

 ああ、どうしよう? 私は、また、この人を残して逝かなきゃならないの? このまま肉体に戻れないとしても、繊細で優しい心を持った愛しいヒトを──これ以上傷つけてしまうことの方が何より辛い。

「ねー、総悟」
「ん〜?」
「大丈夫。ずっと、総悟の傍で、ピアノ聴いてるから」

 魂だけの存在になっても、きっと、あなたの音を感じていられるはずだから────。




アナザーデイにて、次回、前世の補完話になります。
書かなきゃいけないんだけど、ある種の死ネタなんで打ち込みながら心が折れそうです…(>_<。)
ごめんね、神楽ちゃん……もう絶対に死ネタは書かんから!

タイトルのドルチェが「甘く柔らかに」という意味なんですが。甘いのは総悟の神楽に対するラブっぷりくらいでしたかね(^-^; タイトル詐欺……
アナザーの次は6日目です。いよいよ、最終日突入です!(エピローグ等除く)

'12/04/25 written * '12/04/27 up



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