いつも胸に鳴り響く、あの旋律──
♪ふんふんふ〜んふっふふ〜んふ〜ん ふ〜んふっふふ〜ん
陽気な鼻歌が聴こえてくる。調子っ外れではないが、決して上手いともいえないその歌に、少し離れたところにいた青年は苦笑した。
「随分機嫌いいじゃねーか。しかもお前が演歌以外歌ってんのも珍しいな」
「音楽プレーヤーで落語ばっか聴いてるヤツに言われたくないアル」
「ヘェヘェ、俺が悪かったでさァ。……んで、何の歌なんでィ?」
「姉御から借りたCDに入ってた歌なのヨ。何かシャンパン、とかいう音楽らしいネ!」
「あ〜。そりゃ、多分シャンソンのことだな。CDって、その持ってるヤツかよ? 見せてみろィ」
少女の手からCDのジャケットを抜き取りザッと目を通すが、当然のことながら歌手にしても曲にしても知っているものなどなく。
「この、最初の曲ネ! じゅ、とぅ、ヴ? これが私のお気に入りなのヨ〜」
「おいおい、フランス語かよ。日本語も怪しいってのに意味知ってんのか?」
「一応、訳した歌詞カードは入ってるモン! まだ読んでないけどナ」
「読んでねーのか……まあ、曲気に入ったんなら意味は後でもいいだろうが。どれどれー」
…………。
2人の間に沈黙が訪れる。
一方は気まずさの為。一方は顔に血が集まっていくかのように一気に赤面していくだけ。
「あららー。大胆なこって」
「っ! し、し、知らなかったんじゃボケーーーー!」
「そんなに欲求不満だったとは知らなかったぜ」
「聞けよ、ドS!!」
原題は『Je te vuex』──あなたが欲しい──。
「いいんだぜ、たまにはそうやって積極的なのも。むしろ大歓迎、みたいな?」
「だーかーらー聞けヨ!」
「まあ、それでも全部はやれねーがな」
「……っ!?」
「俺が全て預けられんのは近藤さんだけでさァ」
分かってるアル、と。小さく呟く声には諦めの色が浮かんでいる。そして──消え入りそうな位に更に小さな声で、それでも真っ直ぐに愛しい恋人へ伝える。
「それでも──私は、お前が欲しいアル」
♪あなた〜の気持〜ち 分〜かるわ〜 かわい〜いひとね〜 恋を〜し〜ましょ〜
「……またそれ歌ってんの」
「今度は日本語訳ばーじょんアル!」
「ま、いいけどよ」
最近、決まって大きな捕り物を控えている時や遠征前に少女が歌っていることに……青年は気づく。
「バレてんのかねィ……」
「何か言ったアルか〜?」
何でもねーよ、とすぐに返すも。それに関しては追求するでもなく、再び少女は歌い始める。
激化する攘夷派との闘いは、連日マスコミでも取り上げられている。斬り込み隊長でもある青年の活躍は、以前にも増して良くも悪くも周囲の人々に知られていった。
有名税とでもいうべきか、青年の容姿が並みの芸能人より優れていることも手伝ってか。そのうち、マスコミはターゲットを彼の恋人へと向け始めたのだ。
「またどっかの週刊誌に撮られたか?」
「もう慣れっこアル」
「……すまねェ」
「お前が謝ることじゃねーダロ。サドだったら、ざまみろクソ女〜ぐらい言い返してみろヨ」
「言ってくれんじゃねーか、クソチャイナ」
顔を見合わせ、どちらともなく噴き出す。
「いいの、それで……あなたによりそい生きてゆくのよ」
「っ!?」
「ぷっぷー、ビックリしたアルか? 続きの歌詞がちょうどこんなんなのヨ」
でも、その通りだけどナ──少女の呟きに、青年は複雑そうに微笑むしか出来なかった。
共に生きていくことの困難さを、互いによく分かっている。その上でこうして寄り添っているのだということも、十分に理解しているつもりだった。時折、その現実を思い返して胸を傷めることがあっても……この生き方が変えられるはずもないのだから。