北風を受け、マフラーに首を埋めながら桜並木の下を自転車で走っていた。






12月の初め、桜の葉は紅くなり殆んどは地面に落ち、近所の人々によって道の端に寄せられていた。





自転車をこぐたび、ハンドルにぶらさげているビニール袋が脚に当たる。袋の中には今晩の夕食であるカレールーの箱が入っており、脚に角が当たり地味に痛い。





それでも、雲ひとつない青空に浮かぶ白い月を見ると冬の訪れを感じ、気にならなくなる。




もう片方のハンドルには、紙袋に入った百合の花がある。それに当たらないように、黒い袋に入ったカルトンを肩にかけ直し、病院へ急ぐ。



カルトンとは、デッサン、主に木炭デッサンに使う木炭紙が入っていて、描く時は画板の用に使ったりする。材質は木で出来ている。




私は今現在、高校に通うと共に美術の専門学校に通っている。



幼い時から、周りの人間から絵が上手いと言われていた。今の私、いや、昔から私には絵を描く事しか取り柄がない。容姿も日本人特有の黒眼黒髪。顔もスタイルも平凡。運動も普通。英語以外なら勉強は平均。英語は壊滅的だ。その代わり、何度かフランスに行った事がある為、フランス語は出来る。




つまり、唯の絵が上手くてフランス語が出来る凡人だ。




将来の夢は、公立の高校で美術教師をするか、何処かの大企業で事務職をしようと思っている。公務員は給料が安定しているからね。兎に角は80歳まで生きて、孫に見守られながら畳の上で死ぬ事である。






だが、その平凡な夢も気が付いたら叶わなくなっていた。





私の夢は、予想外の形で裏切られたのである。





桜並木を抜け、信号機が赤から青に変わり、足をペダルに乗せ漕ぎ出した瞬間、右から強い衝撃を感じた。



動きが全て、スローモーションに見えた。
通行人達は皆、目と口を開け此方を凝視している。
その次に感じたのは背中への衝撃。





キキーッというブレーキ音と共に、周りからの悲鳴と誰かが叫ぶ声が聞こえた。




自転車のカゴの中にあった学生鞄から最近買ったばかりのスマホが顔の近くまで投げ出された。





亀裂がはしった黒い画面には、赤黒い液体に塗れた自分の顔が映った。





その時ようやく、自分が車に撥ねられた事に気が付いた。




それと同時に、自分が死ぬという事にも気が付いた。だが、恐怖は微塵も感じなかった。死という事実に、何故か安堵を覚えた。




死を受け入れた瞬間、とてつもない睡魔に襲われた。私はそれに逆らう気すら起こさなかった。それはまるで、温水の中に沈むような感覚だった。







その事故が起きたのは、少女の弟が母の“温水”から出てきた日と同じ日だった。




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