■ 天使の羽

白い羽を持つ少女は言った

「何で強欲な人間に夢を与えなければいけないの?」

黒い羽の男は言う

「希望を与えれば、生きる気力を持つだろう」

琥珀色の瞳を揺らし、少女は首を振る

「私には出来ない、人は我が侭だもの…努力もしないのに願うだけの人間なんて嫌い」

辺りは寒さで凍りつき、一面を銀世界が覆っていた
少女は白い手を微かに震わせ、男は励ます様に優しく抱き締める

「愛してないのか?」

「愛してないわけじゃない、好きじゃないだけ」

「変わってるんだな」

苦笑し、否定し続ける少女を勇気づける様に男は額に口付けた

瞳を閉じれば耳障りなほど頭に響く主の声

…足を付け
…目を見開き、身を削れ

少女は眉を歪め必死に頭を振る
そして揺らめく思いに温もりを確かめたくて男の顔を見つめた

「私は…」

「俺はここに居る、だが此処でお前を出迎えたくはない」

冷たく突き放す想いに少女俯きやがて小さく頷いた

男の思う心が痛いほどわかる

此処は天使が育ち旅立つ常闇
だが旅立ちを迎えた少女は躊躇う

男の保護のもと育まれた恩情が胸に響き駄々を捏ねるからだ

だが辺りは常闇から銀世界に変わるその頃
白い羽を身に纏う少女は旅立たなければならない

行きたくなかった

主の声など聞かず
男と一緒に居たかった

しかし、現実と目の前の男がそれを許さない

彼もまた天使の名を持つ白い羽を身に纏ったことがあるから
だが男は人間の性質を嫌悪し、主に背いて使命を全うせずに立ち返ったという

呟く男の表情は微笑んでいて、頭を撫でる手は暖かかった
少女は安心感に包まれ身を委ねる様に男の胸に顔を埋めた
だが、目を細めた男は腕を緩め繋ぎ止めていた少女を解放するとそれを拒む白い手は必死に男の衣を掴んだ

「お前は慈悲深い生き物だ…心を砕け
身を削り道を切り開くんだ」

静かに囁くと男は透けていき、少女の目の前から消えていく
最期の使命を全うした証を残していく男に掴む白い手は宙をさまよう

男は少女を育てる事で罪を少し軽くしたが、闇の鎖は完全には消えない…苦痛が和らぐだけだ

「ありがとう」

瞳を閉じ男の言葉に心からの感謝が出る
温もりを無くした体は少女を孤独にさせたが
男の言葉を信じ覚悟を決めるのだ
主の言葉よりも、温もりをくれた男の言葉が何よりも心に響いて少女を支えていたから

「行け」

風が男の声と風化し、銀の粒を舞い上げながら少女を後押しする

頬を撫でる優しさに一筋の雫と共に少女は羽に身を任せた



天使は百年のたった一日だけ人間に心からの賛辞を送るという
それはまるで夢物語でもあり、そうではない

慈悲深い天使は人間の欲にまみれながらも人が願う限り己の命と引き換えに身を削る

その願いが、願う人物に比例しなければしないほど天使を傷付けるとも知らずに
使命の名の下に、愛して止まない男の想いを胸に抱きながら
雪の降る夜に現れ
やがて微笑む人間を見ながら

空と同化し儚く消えていくのだった



end



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