のひらの距離




※拘束とお互いの本心と
※もう少し続きます





…俺なんて抱かなければいいじゃない。
簡単だ。最初に仕掛けたのは俺からだけれど、毎回俺を抱くのはシズちゃんの意思なのだろう。だって、シズちゃんは殴られて動けない俺を抱かずに放置することも逃がすこともできる。この場合、シズちゃんが選択肢を握っているのだから。
「…なんだよ」
ふて腐れた声音とともに間近から覗き込まれる。
「…ていうかさ、なんでシズちゃんが機嫌悪くなるの」
黙り込んだ俺に、シズちゃんがますます不機嫌さをあらわにしてきたから、俺も負けじと言い返してやった。
「だから手前らしくないからだって言ってんじゃねえか」
「はあ?」
俺らしくない?やっぱり意味がわからない。確かに、セックスの最中に考え事をしていたことは認めよう。八つ当たりなのは承知の上だが、そもそもの原因はシズちゃんだ。
しかし、そんなことよりも、シズちゃんの中の俺らしさの定義はなんだろう。顔を見ればノミ蟲扱いなのだから、これっぽっちも期待していないのだけれど。
「…してるし」
「ふうん…?」
俺の真似をするようにシズちゃんが目を細める。すると、いきなり俺の顎を思いきり掴んできた。
「……っ」
痛い。マジで痛いんですけど。
殴られた痛さに比べればなんてことはないのだけれど、痛さに耐え切れずに眦に涙が浮かぶ。
「らしくねえじゃねえか。つうか、言いたいことあんならはっきり言えよ」
まるで噛み付かんばかりに顔を寄せられ、凄まれる。あまりの迫力に思わずゴクリ、と唾を飲み込んだ。
「…別にないし」
まごついた唇はそれでも本音を紡がない。言いたいことは山ほどあれど、言いたくなんてないのだから。
「ないわけねえだろうが」
「……あっ!」
歯を食いしばるのも無理はないだろう。更にシズちゃんに捕われたままだった性器を乱暴に握られ、体が小さく跳ねた。
「く、う…」
だけれど、涙に霞む視界に広がったのはシズちゃんのどこか悔しそうな顔。
「…手前がおとなしく抱かれるタマかよ。馬鹿にすんなら池袋くんな」
「……え」
今、シズちゃんはなんと言ったのだろうか。話の展開が斜めすぎてついて行けない。
「ち…」
気が付けば、舌打ちしたシズちゃんは俺の性器から手を離していて。中途半端に高められた揚句緊張感で硬直した体が苦しくて、そして混乱する思考をクールダウンするために、俺は肩で大きく息をした。
「ねえ、」
問い掛けたのは、シズちゃんのどこか悔しそうな顔が気になったからだ。だって、馬鹿になんてしていないし、なんでそんな顔をされなきゃならないのかがわからない。シズちゃんは俺のことが嫌いで、犯すことで憂さ晴らしをしているのだろうから。
「手前を見たらとにかく殺らなきゃ気がすまねえ。マジでうぜえし、犯したくなる」
「……」
ほら、思った通りだ。昔から殺しあいをしてきたのだし、抱き合うきっかけだってシズちゃんの俺に対する殺意を利用したようなものだったから。
だけれど、それだけでは全ての謎は解けない。
「は、殴った後、散々に犯ってくれるもんね。それに俺、抵抗できないし?」
おとなしく従うしかないじゃない、と拘束された手首を持ち上げて見せれば、シズちゃんは、当たり前だろ、と吐き捨てた。
「手前が毎回ナイフで切り付けてくるからだろうが。しぶといよなあ」
「そんなの…」
決まってる。シズちゃんとは殺しあう関係でないと、成り立たないからだ。そうじゃなければ、抱き合う理由がないじゃないか。シズちゃんが俺を抱く理由が憂さ晴らしなら、望んで抱かれたい俺の本音は何があっても隠し通さなければならないのだから。
「…だから、抱かれたくないなら俺の前に顔見せるなって言ってんだよ」
いい加減限界だと、忌ま忌ましげに吐き出されたシズちゃんの言葉は、一瞬にして俺の体を駆け巡ったのだけれど、その意味を把握するには少々時間を要した。
「はあ…?ねえ、それってどういうこと」
毎回捕まえては俺を抱いているくせに、シズちゃんの言い分は矛盾をはらんでいる。
シズちゃんに俺の本音がばれているはずはない。だけれど、シズちゃんの言葉は、抱かれたくないのに俺が諦めてシズちゃんに付き合っている、と捉えていると考えられる。
「いつもいつも無駄にムラムラさせられるこっちの身になりやがれ」
「は、…ええ?」
「手首縛られたくらいで抵抗すんの諦めやがって…」
口調こそ喧嘩腰なのに、言われている内容はとんでもないものだった。
ムラムラ?抵抗しろ?意味がわからない。
「いや…でも、俺が抵抗すんのがうざくて縛ってんでしょ、コレ」
プラプラと手首を揺らせば、シズちゃんは曖昧に頷く。
「そうだ」
「じゃあ…」
「あと、手前を逃がさないため」
「まあ、そうだろうね…。確かにこれじゃあ逃げられないし、君の好きにすればいいって言ってるんだよ。憂さ晴らしにちょうどいいでしょ?」
「ああ?憂さ晴らしだと…?」
シズちゃんが軽く瞳を見開いた。
「おい…。もしかして手前、俺が手前への報復目的で抱いてると思ってんのか」
「へ……?」
今度は俺が驚かされる番だった。
違うの、と紡ぐはずの唇は中途半端に開かれたまま、瞬間冷凍されたみたいに固まってしまった。
「手前…!ふざけんなよ…!」
「う…わっ」
そうして一気に押し倒され、ベッドが大きく軋んだ。
「あ、ん、いた…っ」
噛み付くように鎖骨に顔を埋められ、ガリッ、という何かを食いちぎられたような感覚とともに鋭い痛みが走る。それでもシズちゃんは顔をあげてくれなくて、更に傷口に舌を這わせ、えぐろうとすらしてくる。
「や、だ…、あ」
痛い痛い痛い。血の匂いが漂う。つう、っと肌を伝うのは、きっと俺の血だろう。
「あ…、あっ」
シズちゃんの吐息は熱くて、呼応するかのようになぜか俺の胸の奥に熱が集まって。
だけれど、シズちゃんが新たに肌に噛み付こうと口を開けたのを視界に捉えてしまったから。
「く……っ」
俺は気がつけば、拘束された手首を、思いきりシズちゃんの顔面に叩き付けていた。





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2011.11.7 up
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