のひらの距離




※拘束とお互いの本心と
※完結





「…ってぇ」
俺の反撃の反動でシズちゃんの身体が少しだけよろめく。
「あ、……ごめ…ん」
語尾が小さくなり、振り上げた手首が力無く落ちる。なんで謝っているんだろうと思ったのだけれど、一度零れた言葉は戻らない。
「うぜえな、謝るな」
苦々しげに言いながら、シズちゃんが手の甲で自らの頬を摩った。
ベルトの金具があたったのか、僅かに赤みが挿している。
うざいと言われて、柄にもなく小さく震えてしまった。
噛み付かれた鎖骨辺りがじくじくと痛むけれど、そんな痛みよりも殴ってしまった罪悪感と不安感からドクドクと大きな音をたてる心臓のほうが痛い。
「できんじゃねえか」
「え」
だけれど、どこか感心したような声音に弾かれたようにシズちゃんを見返した。
「俺が嫌ならこうやって殴ればいいのによ」
期待させんじゃねえよ、と続いて呟かれた言葉に俺は耳を疑った。
…嫌ってどういうことなの。
シズちゃんが嫌で殴ったなんて、そんなこと断じてありえない。
かと言って、期待させるようなこともしていない、というか出来なかったはずなのだけれど。
「期待…?」
「そりゃ従順なのも可愛いけどよ。…なんか不安になる」
「いや、だからさ…」
シズちゃんの言わんとしていることは今まで一度も理解できたためしがないけれど、今回ばかりは格別だ。
しかし、シズちゃんの言動を纏めてみれば、期待したくなるのは俺のほうだった。
見上げた先、シズちゃんはどこか困ったような顔をしていて。
「抱いていいのかってよ…」
その一言が決定打だった。
「シズちゃんは、俺を抱きたいの」
「ああ」
恐る恐ると鸚鵡返しに尋ねてみれば、当然のように頷かれた。それは、いっそ清々しいほどの素早さで。
「…なんで」
それこそ、聞きたくても聞けなかったこと。憎まれても都合のいい相手であってもいいから、とにかく抱かれたかった俺からすれば開いてしまえば全てが終わるかもしれないパンドラの箱のようなものだったから。
「そんなの、す…」
そこでシズちゃんは我に返ったように言葉を切って。俺の手首を拘束するベルトに手をかけた。
「…?なに?」
「いや…こんな状態で言うもんでもねえかと思って」
変なところが律儀だ。…といえば聞こえがいいが、ここまで盛り上げておいてそれはないと俺は思うわけで。
「…いいよ」
「あ?」
「このままでいい、って言ってんの」
解放したらナイフ投げるよ、と言えば、持ってねえだろと冷静に突っ込まれた。たとえが通じない男だ。
「ねえ、そんなことよりさ」
催促するように、問い掛ければ真剣な眼差しとぶつかって。だって、今一番ほしいものは明白じゃないか。
とはいえ、これはある意味、賭けのようなものだった。
「あー…」
対して、ひとつ嘆息したシズちゃんは、ぶっきらぼうに、だけれどはっきりと告げてくれたのだ。
「好きだ」
その途端、何かが身体の奥からぶわりと込み上げてきたような感覚に襲われて。俺はそのままベッドに逆戻りした。
「は…」
背中をシーツに預け、瞳を閉じた。吐き出す吐息が荒い。原因は、心臓がけたたましいくらいに脈動しているから。
いつもは信じられないくらいに鈍いくせに。
こんなときだけ、本当に、なんで。
「おい…?」
さすがのシズちゃんも、動揺しているらしい。自分のしでかしたことの重大さに気付いているのだろうか。
本当に驚きの連続で心臓が持たない。死んでしまうかもしれない、が、今死んだら心残りすぎる。
「臨也…?」
今日初めて名前を呼ばれて、頬にてのひらが添わされる。
「ん」
温かくて、思わず甘えるように頬を寄せればすぐに温もりが去ってしまった。
「…もっと触ってくれないの?」
「さわ…!?…手前なあ…びっくりさせんな」
後半部分はボソリと零され笑ってしまった。シズちゃんの頬が、今度は別の意味合いでほんのり赤いからだ。これは照れているらしい。
「ね、このまましよ?」
くい、と指先でその赤くなった頬に触れる。擽るように頬を滑らせれば、シズちゃんは俺を訝しげに見つめて。クソが、と忌々しげに吐き出すと同時に、俺の誘いに応えるようにシズちゃんが覆いかぶさってきた。
「逃げるなよ」
「逃げないよ」
確認するシズちゃんの瞳が揺れる。珍しい。
シズちゃんは黙ったままだ。
……ああ、そういうことか。
俺はようやく合点がいった。
拘束するのは逃げないようにするためだ、とシズちゃんは言った。
俺が逃げると思って怖かった、そのままの意味も含むのだろう。だけれど、拘束したのはむしろ、自由を奪われ犯されるという逆境に立たせることで俺を逆なでし、嫌なら抵抗してみせろという挑発にも似た懇願ではないだろうか。
それは俺のことが好きすぎるがゆえに。そう、自惚れてもいいのだろうか。
わかりにくいし不器用すぎるだろ、と、当然のことながら自分のことを棚に上げるつもりはなくじっとシズちゃんを見つめ返す。すると、その瞳は静かに俺を射抜く。
こんなときは、シズちゃんは絶対に視線を外したりしない。俺とは違って、まっすぐで。
だけれど最後に『俺らしく』挑発はしておくことにする。だって、シズちゃんがそう望んでいるのだから。
「逃げられないくらいに、満足させてくれるならね」
そうして笑ってやれば、シズちゃんは一瞬だけ驚いた顔をして。
「おう」
そして、いつもみたく意地悪そうに笑んでみせたのだ。どうやらお気に召したらしい。



ギシギシとベッドが軋む音に混じって、ヌプヌプと卑猥な水音が耳に飛び込んでくる。
縛られた手首は、シーツに縫い付けられるのでいくら恥ずかしくても耳を塞ぐのは不可能だ。
今日はいつもに増して激しい理由は言うまでもない。
「あ…、ん、ん、はあっ」
丹念に解された後孔はシズちゃんでいっぱいだ。とめどなく抽挿を繰り返され、自然と腰は揺らめく。
もっと、深く、もっと、満たして。
どこまでも貪欲になれる気がする。
「ん、ひ…あ、…あっ」
また突き入れられる角度が代わり、中の締めつけにシズちゃんが小さく呻いた。
「おい、緩めろ…っ」
「あ、んあ…っ、む…りっ、」
俺の身体が最奥へ誘うべく、シズちゃんを離そうとしないのだ。気持ちいいし、離したくないのも本音なのだけれど。
「ん、や、あ、あ、…あんっ」
脚を抱えられ、身体の奥深いところを何度もえぐられる。
「あ、だ…め、そこ、あ、…んあっ、ああ…っ」
蕩けそうなほどの快楽に眩暈がする。
すると、不意にシズちゃんが俺の手を握り締めた。
「……っ」
こうやって、俺のこと縛って、ずっと離さないでいてほしいだなんて言ったら笑われるだろうか。
「…なんだよ」
不服だと取ったらしきシズちゃんは、それでも握りしめるてのひらに力を込めてくる。
「ううん…」
「ふうん…?」
「って、…あ、や、っ」
小さく首を振れば、また鋭く突き上げられて。違うと言ってるのにひどい。
「余計なこと考えんな」
「そんな、ことしてな、…や、だ、あ…っ、はあ…、んん…っ!」
揺さぶられ揺れる視界の中、シズちゃんが顔を近づけてくる。
「いっそ俺のこと以外考えられねえように」
「あ…っ!」
このまま縛りつけておきたいぜ、そう口早に呟いて、唇に、頬に、そして鎖骨の傷口にキスを落とされる。
「……シ、ズちゃ…っ」
このタイミングで反則だろう。だけれど荒い吐息に邪魔されて、言葉にならない。
…そうしてくれて構わないのに。
「…ん」
だから、すぐ近くのシズちゃんの額を狙って、少しだけ顔を浮かせることにした。
言葉の代わりに、キスで俺の本心を伝えたかったから。



「手前さあ、抱いてほしいなら最初から言えよ」
「…ねえ、終わって第一声が、それ?」
相変わらず、どこまでも不遜だ。そんなシズちゃんは素知らぬ顔で俺の隣で身を起こし煙草を味わっているシズちゃんを呆れたように見上げた。
お互いの本心を吐露しあったのはいいとしても、それはいただけない。
散々に抱かれて消耗した身体で唯一動くのが口だけ、というのがなんとも悔しいのだけれど、聞き捨てならないのだからひとことくらい言い返してやりたい。
「だってよお…。考えてもみればわざわざ殴られなきゃなんねえなんて、手前マジで…」
「ちょっと、憐れまないで?屈辱!」
いや、別に喧嘩しなきゃ抱かれたくないなんて、ひとことも言ってないんですけれど。
シズちゃんとの間に甘い雰囲気は不必要かもしれないが、やはり愕然とさせられた。
身体が自由に動くのならば、空気を読まずに炸裂したシズちゃん節に一矢報いてやりたいくらいだ。
とはいえ、今の俺には、解放してもらった両手で力なくシーツを握り締めることが関の山だ。
本当に俺の苦労をなにひとつ分かっていないな、この野郎。
そう言い放ってナイフを投げつけられたら、どんなにかいいか。
「…DV男め」
だから、そのひとことに言いたいことを集約してやった。
「おいおい…黙って聞いてりゃなんだそりゃ」
ピクリ、と形のよい眉毛が右上がりに動く。
そして銜えていた煙草を素早く消したシズちゃんは、俺がくるまっていたシーツを無理やり引きはがしてくる。
「お望みならなあ」
「うわ…っ」
バサリ、と音をたててシーツがベッドの下へと落ちる。
シーツの合間からシズちゃんの腕が伸びてきて。
「痛いくらいに愛してやるよ」
腕を引っ張られて、強引に起こされた俺の身体はシズちゃんの胸元へと飛び込む。
「また喧嘩から始めようぜ」
そして、その言動を裏切るかのようにシズちゃんのてのひらが、俺の背中をどこか確かめるように行き来する。
「ねえ、それってさ…俺は本当に愛されてるの?」
これで言質をとったつもりかと少し前の俺なら思ったかもしれないけれど、生憎悪い気はしない。
だって、シズちゃんのてのひらは本当は俺との距離を推し量っていただけだと知ったから。
だから、肩の上で小さく頷き返したことも、きっとシズちゃんを満足させてしまったに違いないのだ。





END





拘束プレイという意味では全く生かされていないことに気がつきました。
精進します。
とりあえず、両片思い万歳三唱で。

2011.11.14up


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