マンチスト+エゴイスト




ちょうどシーツを取り換えたベッドの上へと臨也を寝かせようとしたときだった。
「う…」
「臨也…?」
ピクリと身体を揺らした臨也はどうやら覚醒したようだった。
腕の中の恋人を覗き込めば、静雄の顔をゆるゆると見つめる臨也の瞳とぶつかる。発熱のせいか目元が潤んでおり、ぼんやりとした表情だ。
「大丈夫か?臨也」
「シズ、ちゃん…?」
視界が霞むのは、熱のせいだろうか。
自分を呼ぶ声音で静雄だと判断したけれど、どこか確認するかのように問い掛ける。
「ああ」
元々細く軽い臨也を抱き上げるなど苦にもならない。
抱えられたままの臨也は、静雄だとわかり安心したのか、瞳を閉じると再び弛緩させた身体を預けてきた。
いつもは勝気な瞳が閉じられているというだけなのに、どこか頼りなさげな印象すら与えた。
ベッドに臨也を下ろせば、ぐったりとその身を沈みこませていく。
よほど辛いのか、呼気も荒い。それに、顔も真っ赤だ。
肌蹴た着物から見える鎖骨の辺りも薄らと桜色に染まっているのが艶めかしい。
「……ん」
ヒタリと臨也の頬に手の甲を押し当てれば、冷たさを感じたのかフルリと瞼が震える。
「だいぶ熱が上がってきてんだ。辛いだろ…?」
熱に浮かされていては、頬から伝わっているはずの感覚を追うことすら億劫だった。
狭い視界の中に飛び込んできた静雄の顔をただ見つめ返すだけが精一杯で。
「ここどこな…の、…ッ、ゴホッ、ゲホ…ッ」
「おいおい、平気かよ」
気を失っている間に何があったのか聞きたくなったのだけれど、途端に咳き込んでしまって身体の節々が悲鳴を上げるかのように痛みを訴えた。
静雄に発熱を指摘されたところまでは記憶がある。
しかし、発熱程度で気を失うなんてなんて軟な身体なんだろう。
静雄を前に気が抜けたにしても、本当に間抜けすぎる。
「ここは手前の部屋だ。さっき医者がきて診て貰ったら疲労からくる風邪だとよ。やっぱりぶり返したってとこだな」
「そう…。シズちゃんが運んでくれたの…?…ケホッ」
「ああ」
一体どれだけの人間にこの醜態を曝したのかと考えるだけで頭痛がますます酷くなる。しかも、静雄に抱きかかえられて宿に戻るだなんて、紛れ込んでいるかもしれない記者にとっては格好のネタではないか、と普段の自分たちの関係を棚に上げてそんなことを考えてしまった。だが、今更言及したところで仕方がない。
ベッドに横たわっていても尚浮遊感が未だに続いている上に、絶え間ない頭痛からしてもかなりの高熱なのだろう。これは思ったよりも重症のようだ。
しかし、休む間もなく撮影の仕事が入っている。プロの身としては体調管理も仕事のうちだし、早く治さなければ次の仕事が押してしまうというプロ意識からくる焦りももちろんある。
だが、それ以上に、次の仕事も静雄との撮影だと聞かされていては風邪ごときで時間を無駄にしたくはないという私情のほうが強い。
「余計なこと考えずに寝ろよ。特に仕事のことは忘れろ」
「……!」
静雄にぴしゃりと心中を言い当てられて、臨也はぐっと言葉に詰まってしまった。
「……だってさぁ…」
まさか静雄と一緒の撮影が嬉しいから早く治したいのだと、簡単に白状するわけにもいかずに逡巡していれば。
「悪かった」
すかさず静雄に遮られてしまい、臨也は軽く瞳を見開いた。
「え…?」
なぜ静雄が謝る必要があるのだろうか。静雄に非はないのに。
「俺、手前が調子悪いの気付いてたのに止めてやれなかったし」
その言葉から、静雄が昨晩抱き合ったことを指して言っているだろうことがようやく分かって。
汗で額にくっついてしまっている前髪を掻き分けられ、まるで懺悔のように呟くから。
「風邪、悪化させちまった」
「シズちゃ……」
臨也を心配そうに覗きこむ静雄の消え入りそうな声音。
そんなことを考えているだなんて思いも寄らなかった。あのとき、久しぶりに会えた嬉しさから行為に誘ったのは臨也のほうなのに。
「ほら、もう寝ろ」
懺悔は終わりだとばかりに、額にチュッと音をたててキスを落とされる。まるで子供をあやすかのような口づけはどこか擽ったい。
「やっぱりこんくらいでは移らねぇよな…」
「……」
いつも不遜な態度ばかり取るくせに、こんなときばっかり鋭くて優しくて困る。
複雑な心境で静雄を見つめれば、キスを強請っていると捉えられたのか眦にも口づけられた。
だけど、静雄はわかっていない。
こんなに甘やかされては、嬉しくて悔しくてこの相反した気持ちを持て余した結果意地悪したくなるのだという臨也の心情を。
「ねぇ…?」
「あ?」
「…本当に移していいの?」
からかうような口調で試しに口にすれば、思いの外静雄は静かに臨也を見やり。
「…いいぜ。半分引き受けてやる」
「半分とか…なにそれ」
「仲良く公平にな」
そんなことを他意なくさらりと言ってしまうから質が悪い。
しかも、全部ではなく、半分。そんなところが静雄らしいから、思わず笑ってしまった。
「で、どうしてほしいんだ?」
だけれど、臨也が笑いを収めるのをわざわざ待った上極めつけにそんなことを聞いてくるものだから。
「じゃあ…」
静雄に対してしか言えない我が儘を言ってみることにする。所詮、我が儘と甘えは同義だということくらい重々承知の上だ。何より、それが許される関係にあることが心地よくて。
「…一緒に寝て?」
静雄を引き寄せるように両手を延ばし、着物の胸元を掴んだ。すると、応えるように静雄が上半身を倒してくれる。そして首に両手を巻き付ければ、ちゃんと抱き返してくれた。
静雄の身体のことを考えるならば、さっさとこの部屋から追い出すべきだ。だけれど、抱きしめられてしまえばダメだった。
間近で静雄の体温と匂いを感じれば、クラリと視界が揺れた。それは高熱のせいだけではないはずだ。
「横空けろ」
「ん…」
静雄が臨也を抱きかかえながら器用にベッドへと潜りこんでくる。
もっと二人の間の隙間なんてなくなるくらいに強く抱きしめてほしいだなんて我が儘は加速するばかりだ。
「気持ちい…」
どこか安堵するかのように呟いた臨也は、静雄の胸元に額を擦り寄せながら大きく息を吐き出すことで荒ぶる呼気を整える。
「かなり熱があるな」
「んー…、でもシズちゃんが抱きしめてくれてるから大丈夫」
胸元に臨也の吐息が掠り擽ったい。しばらくは我慢していたのだけれど、少し身を捩ろうとすれば、臨也が非難するかのように突然ペロリと舌先で鎖骨を舐めてきた。
「……っ!?」
慌てて腕の中の臨也を睨めば、そこには確信犯めいた笑み。
「臨也ァ…?」
「だって、シズちゃんの身体冷たくて気持ちいいし」
「はぁ?なに言ってんだぁ?」
そんなことが肌を舐める理由になど成り得るはずがない。
静雄の咎めるような視線も物ともしない臨也は、相変わらず真っ赤な頬に潤んだ瞳で微笑み返してきた。
静雄の肌を冷たいと感じるほど熱に浮かされているというのか。
いや、きっとそれだけではない。
この悪戯めいた笑みから推測して、臨也は全てわかってやっているのだ。
だが、静雄は臨也の仕掛けた罠にすでに嵌まってしまっていることには気付いてはいなかった。
「シズちゃんも気持ちよくない?」
ざらざらとした熱い舌で見せつけるかのように肌を行き来されては、ますます臨也の侵攻を許してしまい、劣情を掻きたてられてしまう。しまいには着物の胸元から手を突っ込んでくる始末だ。
「おい…っ」
「ん、ん…」
ペロペロと胸元にまで舌を這わされ、さりとて弱っている臨也に手荒なことはできずに止めるに止めらずに気ばかりが焦る。
「う…わっ」
そして、気付けば臨也に馬乗りになられ、真上から妖艶に微笑みながら見下ろされる羽目になった。
「シーズちゃん…」
楽しそうに静雄の名を呼んだ臨也は、頬を伝ってきたのだろう汗をぺロリと舌先で掬いとる。
全身に熱を纏う臨也は、一層艶めかしさが際立つ。思わずその色気に惑わされ硬直していれば、気を良くしたのだろう臨也はおまけとばかりにひとつ微笑むと、ゆっくりと身体を静雄の足元に向かって後退させていくではないか。
何をするつもりだ、と視線だけで臨也の行動を追えば、唐突に下半身を弄られ始めたところでようやく我に返った。
「臨也…!」
「んー…?」
明らかに気のない返事に焦燥感ばかりが募り、しかしすでに着物を掻き分け臨也が手にしているのは静雄自身。
そして、臨也は躊躇することなく静雄自身へと唇を寄せると大きく口を開いて。
「あーんっ」
「……っっ」
咥え込まれた瞬間、ヒクリと下腹部が震えた。静雄自身を包み込む口内はいつもよりも熱を帯びており、その心地よさに息を呑んだ。
「ん、んううう、ん、あ…んぅ…っ」
亀頭を舌全体を使って愛撫される。口元をモゴモゴと蠢かせている臨也は、隙間から小さな声を洩らし始める。
「やめろ、臨…也っ」
「ふ…ぅ、あふ…、ん、ん、う…ぇ、ん、ふぅうっ」
慌てて身を起こし咎めたところでさして効力はなく、臨也は一向にフェラチオを止めようとはせずに、更に喉奥まで誘い込もうとする。
「んん…ぐ…、ふぅ…っ」
「く…ぁっ」
静雄の意思とは裏腹に静雄自身は急速に滾り出し、結果、臨也の行為を助長させるという悪循環。
「ん、んふ…、ふぅ…っ、んっ」
四つん這いになり奉仕する臨也の口元から、静雄自身が出入りを繰り返す。
ヌラリとした唾液に塗れた静雄自身が、再び臨也の口内へと消えていくと、痺れるような快楽が全身を駆け巡る。
高熱を出していて辛くないはずがないのに。
早く止めなければならないと理性は警告するのに。
反して、瞳を伏せる臨也の長い睫毛が震える、そんな様に釘づけになってしまう。
「ん…ぅ?」
更に、ちらりと様子を見るように上目遣いをされては堪らなかった。
二人分の荒い息遣いはどちらなものかすら分からないまま混ざり合っていくばかり。
「クソ…っ」
劣情から目を背けたくともできない自分自身に向かって忌々しげに吐き捨てて。
臨也の顔を上げさせれば、臨也はめげずに静雄自身を銜えたまま話そうとする。
「ふ…、し…うちゃ、あんぶ…ん、ふきう…っ」
「取りあえず離せって!」
これは絶対に嫌がらせだと苦々しく思い、強引に頭を掴んでやる。すると、なんとか臨也の口内から自身を引き剥がすことに成功した。
「いっ、も、いひゃい…っ」
静雄が完全に身を起こしシーツの上へと座り込むと、対して臨也は四つん這いのまま、未だ痛みが残るのだろう頭を抱えている。
「だいたい、手前がワリィんだろうがっ」
頬を膨らませた臨也が静雄を睨みつけてくる。睨みつけたいのはこっちのほうなのに、一体何を考えているのか。
「おい、もうここまでだからな」
「なんで」
「手前、熱あるってわかってんのか?」
「だからじゃない」
「はぁ…?」
さらりと臨也に言い放たれて、今度こそ静雄は言葉を失った。
だけれど、続いて臨也が口にしたのは思いがけない言葉だったから。
「だって…」
勃ち上がる静雄自身へと懲りずに手を伸ばし、愛しげに撫でながら臨也は小首を傾げて見せた。
「シズちゃんが俺の風邪、半分引き受けてくれるんでしょ?だったら俺のナカから直接受け取ってほしいんだけど?」
「……!!」
決定打だった。
臨也の熱が早くも移ったかのように、体温がジワジワと上昇していく。
理解に苦しむ要求内容だ。
だけれど、自身の先端に音をたてて口づけられ、挙句の果てに頬を擦り寄せられては、もう拒むことなんてできそうになかった。
「…ったく…っ」
「わ…!」
臨也の腕を掴み、強引にベッドの上へと引き倒す。そして、獰猛さを隠そうともせずに臨也へと覆い被さった。
「どうなっても知らねぇからな…!!」
「望むところだよね」
そして、そんな静雄の警告にも、臨也はどこか挑戦的に微笑むばかりだった。


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またもや続いてしまいました。
次で完結です。

2011.6.11 up

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