マンチスト+エゴイスト



※パラレル
※二人は売れっ子モデルで恋人設定。



「オッケー!臨也くんお疲れ〜」
「はいオッケーです。静雄さんお疲れ様でした!」
二カ所から同時に撮影終了の合図が聞こえてくる。
漆黒に紅の襦袢を合わせた着ものを身に纏う臨也は、ひとつ瞑目すると指定されていたポーズを解くと立ちあがる。
頭部をふわりと覆う群青の着ものは、同じく撮影に臨んでいる静雄のそれとコンセプトを同じくしているものだ。
まるで静雄に包まれているかのような妙な感覚を持て余し続けた撮影がようやく終わりを告げたことで、雪に塗れた着ものから顔を出しフルリと顔を振る。
毛先に絡んでいた粉雪がハラハラと舞い落ち、零れた白い吐息は寒空へと霧散していく。
絶好の撮影日和となった雪空は臨也の身体を芯から冷やしているはずなのに、まだ撮影の余韻が抜けないのか寒さをあまり感じない。
「お疲れ様でした。寒かったでしょう?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
駆け寄ってきたスタッフが、慌ててタオルとショールを差し出してくる。
臨也は、そのスタッフに笑顔で応えながら抱えてていた着ものを手渡し、代わりに渡されたショールを羽織る。
羽織りながら掻きよせたショールはやはり暖かく、臨也の痩躯を柔らかく包む。
そして、臨也は思い出したかのようにすぐ近くで同じく着もの姿で撮影に臨む静雄に視線を投げた。
静雄もまた、どこか申し訳なさそうにスタッフに小道具である傘を渡し立ち上がるところだった。
静雄が顔面に舞い降りてきた雪を少し煩わしそうに払えば、金髪がキラキラと煌いた。
「ふ…」
その仕種が存外に子供っぽくて思わず笑みを零してしまった。
そんな静雄に臨也はゆっくりと近づいていく。
周りにいたスタッフは、口々に二人に労いの言葉をかけるとそれ以上は余計な口は挟まずにそれぞれの持ち場に戻っていく。
同い年でどちらも売れっ子のモデル。過密なスケジュールの中こうして一緒の仕事をこなすことなんて滅多にないので貴重な機会だ。
臨也と静雄の関係はこの業界ではそれなりに有名だ。
撮影で顔を合わせれば派手な喧嘩を繰り広げ、週刊誌をにぎわすほどの大騒動を引き起こしたこともある。
だけれど、二人の近しい関係者は知っている。
休憩時間などに二人が行動を共にしているところを何度も見かけており、結局は存外に気があうことに。
昨晩も久しぶりの再会に遅くまで臨也の部屋に静雄が滞在していたことも。
その結果、派手な喧嘩も同業ならではのライバル心からくるものであると片付けられているのだが、まさか二人がライバルかつ友人関係にあるだけでは収まらないことに誰も気付いていないことだろう。
それも、随分と前から恋人関係にあることなんて。


臨也が静雄へと歩みよることで集まる好奇に満ちた視線にも、相変わらず静雄は素知らぬ振りだ。
「シズちゃんお疲れ様」
「ああ…」
見上げれば静雄がどこか歯切れ悪く返事をしながら臨也を凝視してくる。
なんだろうと、臨也が訝しげな表情を作り出そうとした、その瞬間だった。
「……っ!?」
すらりと長い指先が臨也の額にかかる前髪をかき揚げたかと思えば、次いでもう片方の掌が頬に触れられる。
「ちょっと、シズちゃん?」
突然の行為にこんなところで大声を上げるわけにもいかず必死に声を潜めて咎めるのだけれど、静雄はやめようともしない。
羞恥に染まる頬に触れるその指先は温かく、もっと触れていてほしいと思う本音を否定しながら、臨也は懲りないその手を思いきり叩き落とそうとしたのだけれど。
「ちょっと黙れ」
「ちょ…っ」
その手を逆に捕らわれてしまい、まるで逆効果だったと気付いたときには、静雄が顔を寄せてきていて。
「…ぁ」
まさかキスをされるのではないだろうかと、臨也は瞳を見開いたまま硬直する。
唇に吐息が触れ合うほどの至近距離、逃げることも瞳を閉じることもできずに。
しかし、そんな臨也に構うことない静雄がとった行動は、臨也の額に自身の額を押し当てることだった。
「あー…やっぱあちぃじゃねぇか。手前、風邪ぶり返してんぞ」
「……!」
コツンと合わさる額。伝わる静雄の体温がいつも通りなら柔らかく暖かいはずなのに、今日は冷たく感じるほどで。
思えば先ほどから背中を這い回る悪寒が酷い。
確かについ二日ほど前まで体調を崩しており、ようやく体調が戻りかけていたところで今日の撮影だったとはいえ支障は感じなかった。
しかし考えてみれば寒空の下、着もの一枚にショールを羽織っているだけの状態に寒さをあまり感じないことが前兆であったことに今更気付いたところで遅い。
まさかその原因が発熱にあるだなんて思いも寄らなくて。
「し…ずちゃ…」
仕事中なのにという責務感や周囲のスタッフから見られているという羞恥心など、静雄に触れられるだけで全て瑣末なことになってしまうのが不思議だ。
「さっきから変だと思ってたんだ。平気か?」
額から静雄の熱が去っていく。
顔を上げた静雄が、少し屈んで臨也へと視線をあわせてくるから、臨也は思わず唇を尖らせて。
だって、ずるい。
仕事中なのに、ずっと見られていただなんて。
自分自身ですら気が付かなかったことに、他でもない静雄が気がついていただなんて。
「ムカつく…」
「はぁ?」
案の定、静雄が苛立たしげに問い返してくるのだけれど。
額だけの触れ合いじゃ物足りないだなんて、全部熱のせいだ、と自身に言い聞かせたところで途端に襲いかかってくる浮遊感に意識が遠退く。
「おい、臨也!」
腕の中に倒れ込んできた痩身を慌てて受け止めた静雄はため息をつく。
それは安堵と呆れの中に、幾許かの罪悪感が入り混じったものだった。
昨晩共に過ごしたときに、臨也の体調がまだ本調子でないことには気がついていた。
臨也は他人の機微には鋭いくせに、自分自身のことには無頓着だ。
今日も早朝から撮影があるにも関わらず珍しく甘えてきた臨也を拒絶できずに抱いてしまい、結局歯止めがきかずに無茶をさせた自分にも責任がある。
確かに、互いに仕事が忙しくろくに恋人らしい時間が過ごせずにいたので久しぶりの逢瀬だった。
だけれど、それは言い訳でしかない。
恋人ならば臨也の体調を優先するべきだったのに。
「…ったくよ…」
臨也の顔を見れば抱きたくなる。
仕事柄、万人に向けられる笑顔、曝される姿を二人きりのときくらいは独り占めしたい。
これは純然たる独占欲だ。
「ん…」
「わ、どうしたの、臨也くん!」
臨也が静雄の腕の中で小さく呻いたのと、臨也の異変に気付いたスタッフが駆け寄ってきたのは同時だった。
「あー…、こいつ熱あるみたいで」
「ほんとに!?じゃあこんな寒いところにいたらますます悪化するね。早く暖かいところに連れて行ってあげないと!おーい、誰か…」
しかし、臨也の異変を周囲に知らせようとしたスタッフからさりげに臨也の顔を隠した静雄は、更に臨也を肩に担ぎあげる。
「し、静雄さん?」
「こいつは俺が部屋に運びますんで」
「え…」
「もうコイツも俺も撮影終わったんでいいっすよね?」
呆然とするスタッフからの返事を待たずに背を向けた静雄は、我に返って慌てて引きとめようとするスタッフを無視して宿泊先の宿を目指す。
せめて医者が呼ばれるまでの短い時間でも看病してやろうと思ったからだ。
完治すればまた過酷なスケジュールに忙殺されて会えなくなるだろうから。
無理をさせてしまったという罪悪感と責任感ももちろんある。
だけれど、限られた時間でしかないから、できるだけ傍にいたいのだ。
こんなこと、我が儘でしかないことくらい承知の上だ。
臨也はきっと腹を立てるに違いないのだろうけれど。
「ワリィな」
うなだれるかのようにして担がれる臨也の髪を愛おしげに撫でながら、詫びの言葉を口にする。
すると、まるで応えるかのように雪に濡れて少し湿っている黒髪がしっとりと指に絡んだ。


雪を踏みしめるごとにサクサクと小気味良い音が足元から聞こえてくる。
「シズ…ちゃ」
寝言なのだろうか、それでも自分の名前を呼んでくれることがこんなにも嬉しいだなんて。
キスをすれば風邪をうつしてもらえるだろうかという思考が脳裏を翳め、静雄はふと苦笑を零した。




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友人から素敵イラストをいただいたのでそのお礼SS。
降りしきる雪の中着物を着ている臨也と同コンセプトで雪の中着物で和傘を指す静雄の神イラストだったんですが、あんまりに悶え過ぎてシズイザでモデル設定を錬成してしまいました。

続編はイチャイチャ、お約束展開です。

2011.6.4 up
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