3センチ四方の恋心


※バレンタインネタシズイザです


【1】



「…何でこんなことで悩まなきゃなんないのっ」
臨也は、自宅近くのコンビニ前で憤慨していた。
日はとっぷりと暮れてしまった街中で煌々と輝くコンビニは、今の臨也にとっては救世主とも言えたのだけれど。
「俺の一日返せ!シズちゃんのバカァ…ッ」
ブツブツと文句を言いながらも意を決した臨也は店内へと足を踏み入れる。
いらっしゃいませというおざなりな店員の声音を受け流し、店内を一瞥すれば目的の場所はすぐに見つかった。
店内に入ってすぐの場所の特設コーナー。
臨也の目的はそこだったのだが。
「……ないとか、どういうことなの?」
臨也は簡素ながらも可愛らしく飾られた棚を見つめて呆然とし、文字通りがっくりと肩を落とした。
コンビニにならあるだろうと軽く見ていたことが裏目に出たのか、そこに鎮座しているべきはずのものが見当たらない。
しかし、今から別のコンビニに行く気力もない。
「もう…なくてもいいかなぁ…、でも…」
消え入りそうな臨也の逡巡混じりの呟きに応える者は誰もいない。
大きくため息をついて特設コーナーに背を向けた臨也は、店内をウロウロと歩き回る。
頼みの綱だと思ってココに来たのに、もはや打つ手はないだなんて折原臨也の名が廃る。
だけれど、もう時間も時間。
早くしないと静雄が帰ってきてしまう。
「うー…」
そもそもどうしてこんな事態に陥っているのか。
臨也は店内を見るともなしに物色しながら、今日一日を苦々しい思いで回想し始める。
(ほんとなんで俺こんなに必死になってんだろう)
今日は2/14。
といえば世間はバレンタイン。
でもきっと恋人の静雄は行事ものには無頓着だから忘れているに違いない。
そう思い至ったことが事の発端だ。
問題は、本人が気付いていないだけで静雄は非常にモテるという点だ。
ただでさえ、職場には静雄自身は可愛い後輩だと言い張るがヴァローナなる女が常に側にいるわけで。
彼女がバレンタインなるものを知っているか否かは別とするにしても、
もしかしたら静雄が街中を歩いているだけでチョコレートを押しつけられることもあるかもしれない。
そう思うだけで居てもたっても居られなかった臨也は、最高のチョコレートを贈るべくネットサーフィンを始めたところ波江に一喝され仕事をこなさざるを得なくなり、事務所では物色できなくなってしまって。
波江はすでにチョコレートを用意していたらしく、臨也の懇願に冷たい視線を送ることはあっても耳を貸すことはなかった。
気が気ではない臨也が仕事で何度もミスを繰り返したこともあり、ようやく解放されたのは夕方。
直接買いに行った方が早いとばかりに行きつけのデパートに赴いたのだけれど。
そこはまさしく戦場だった。
(無理、絶対に無理…!)
そう臨也が諦めざるを得ないほどに、バレンタインコーナーはごった返していて。
早くも立ち往生してしまった臨也は、すごすごとデパートを後にせざるを得なかった。
(だいたい、なんでシズちゃんなんかにチョコを用意しなきゃなんないの?考えてみたらおかしくない?)
回想を終えれば残るのは苛立ちだけで。
一日中バレンタインのことばかり考えていた自分が腹立たしく、当日まで意地を張って何の手も打たなかった自分が恨めしい。
…チョコレートを用意できなかった自分がひどく情けなくなって。
ああ、自分は本当に静雄のことが好きなんだなと思い至れば、顔から火が出そうになった。
「やめたやめた!別になくたっていいじゃん、チョコレートなんて」
臨也は悔しさ紛れに思考を霧散させようと躍起になり、もう諦めて店外へ出ようと足を踏み出したのだけれど。
視線の先に思わぬものが飛び込んできて足を止める。
「………」
そして、たっぷり数分間じっとそれを見つめた臨也は、ゆっくりと細く整った指先を伸ばした。


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