Because


※シズイザで鍋ネタ


【1】


だいたいにして。先ほどから嫌な予感はしていたのだ。
「シズちゃん、おかえりっ」
なぜか解錠されているドアを開けるなり、食欲をそそるいい匂いとともに、静雄がこの世で一番嫌いな男がひょっこりと顔を出す。
予感は的中だ。
その男は、悪戯が成功したとばかりににっこりと笑い、ばあっとおどけて見せる様がこれまた憎たらしい。
「…!!」
今日は珍しくキレるような出来事が起こらず、平和に仕事を済ますことができた。
だから、途中まではいい気分で帰路についていたのだ。
だが、冒頭の嫌な予感を自宅のアパートまで五十メートルといった時点で感じた。
その時点で、静雄は機嫌の急降下を余儀なくされたわけで。
もちろん、この男に自宅の鍵を手渡した覚えはない。
つまり、無断侵入。
静雄の苛立ちは沸点に達した。
「今日もお疲れ様〜」
「手前…どうやってオレん家に入った…?」
静雄は、再度室内へとひっこんでしまった男に忌々しげに問いかけ、追いかけるようにして苛立たしげに靴を脱ぎ捨てると、荒々しい音を立てながら狭い室内へと向かう。
果たして、室内には小さなテーブルの上にセットされたガスコンロを前に、おたまを手にした上機嫌の男-臨也が鍋をかき混ぜていた。
鍋だなんて季節外れもいいところだ。だが、そんなことは臨也にはどうでもいいことらしい。
だが、静雄にとっては決して無関係では済まされない事象が自室で展開されているわけで。
「あ、鍋もうすぐできるよ」
「違うだろ…?」
静雄は、不気味なほどに綺麗な笑みを浮かべる臨也の胸元を掴むと宙に吊り上げた。
「わ!」
臨也は、息苦しさにおたまから手を離し、しかしその表情に笑みを浮かべたまま静雄にされるがままだ。
「俺が聞きたいのはそんなことじゃねぇ!」
「あん、乱暴はよして」
「キモい。死ね!」
「あははっ」
ギリギリと力が込められつつも、可笑しそうに笑い声を上げた臨也は、そっと胸元を掴む静雄の手に己の手を添えた。
「とりあえず離して?ちゃんと説明するから」
「説明だぁ…?」
静雄はサングラス越しに、目の前に吊り上げた臨也をひと睨みすると。大きくため息をついた。
「…手前がどうしてここにいるのか、どうやってここに入ったか、端的に話せ。ニ秒待ってやる」
「って、ニ秒?」
そうして、渋々ながらに一時休戦を承諾した静雄から解放され、臨也は軽く咳払いすると。
与えられた回答時間の短さにツッコミを入れる。
「質問はニつ。各一秒ずつ。十分だろ?」
「いやいや、短いって無理だって」
「どうせ手前はこれから死ぬんだ。だが、俺の当然の疑問を解消してから勝手に死ね」
「ひどいや!」
「ひどくねぇ。余計な手間かけさせんじゃねぇよ」
「ていうか、何より俺のこのすんばらしい格好にノーリアクションなのが地味に痛いよ、シズちゃん」
そうして、臨也は身につけている布にチラリと視線を落として口元を尖らせる。
臨也の胸元から膝元までは一枚の薄い布によって覆い隠されていた。
所謂エプロンと言われるそれは真っ白なため、臨也が好む黒のインナーとのコントラストが際立つ。
更に、胸元や裾にはレースがついているとあっては、静雄にすれば悪趣味極まりないものであり、リアクションを起こすのが不快だったわけで。
「可愛いでしょ?新婚さん仕様」
臨也がにっこりとほほ笑み、エプロンの裾を摘まんで小首を傾げて見せる。
「ウゼェ!目と耳が腐る!」
その仕草とあり得ない言葉ににブチ切れた静雄は、遠慮なく渾身のパンチを繰り出したのだけれど。
「あ、危ないってば!」
ひょいと臨也に避けられる。同時に、テーブルの上の鍋がカタカタと揺れて。
「お鍋が零れちゃうよ〜」
「…っ」
臨也は鍋が置かれているテーブルを挟んだ向こう側から苦笑を零す。
そのすぐ後ろ側はベッドだ。
静雄は臨也を捕まえそこねてギリギリと歯ぎしりをしたのだが、臨也の指摘でこれ以上自室で騒動を起こせば悲惨な状況になることに思い当り、寸でのところで踏みとどまることにした。
そして、今すぐ目の前の男を殺してやりたい衝動を持て余し、仕方なくバーテン服の胸元から煙草を取り出すと火をつけることにする。
ほんの少しでも気を反らしていなければ、臨也を殺すという衝動に身を任せることになり住むところがなくなってしまう。
「ね。とりあえず、一時休戦。鍋もいい具合に出来上がったし、食べようよ?」
「………」
静雄はふーっと紫煙を吐き出し、臨也を睨みつけた。
確かに、食べ物に恨みはない。
だが、臨也には恨みが山ほどあるわけで。
「…なんで手前なんかと鍋を囲まなきゃならねぇんだ」
結局、臨也に再び質問をしなおさなければならないハメになる。
「そんなの、俺がシズちゃんと鍋がしたかったからに決まってるじゃない」
当然のように口にする臨也に、静雄は銜えた煙草を噛み切らんばかりの勢いで。
「ふざけるな!」
「おわっ」
伸びてきた静雄の手に、臨也はベッドの上へと身を翻すことで避けるのだけれど。
その間に鍋を零すことなくテーブルを踏み越えた静雄によって、ベッドへと抑えつけられることになる。
「シズちゃん、先に鍋にしようよ〜。俺、お腹空いちゃった」
「先にってことは、ヤられることも想定内でここに来たってことだよな?」
「ふふ」
その質問には、臨也は微笑みを零すことで応えとして。
静雄は、短くなった煙草をベッドサイドに置かれていた灰皿へと押しつけた。
「まあ、鍋に罪はないしな」
「でしょ?だから食べよ?」
一見、臨也の提案を受け入れたかのような言葉を口にする静雄だったが、その割には臨也の両肩を抑えつける手の力が緩まることはない。
だが、抑えつけられながらも、臨也は焦ることなく端麗な顔に綺麗な笑みを浮かべていて。
それに、臨也自身その笑みが静雄の嗜虐心を擽ることをわかってやっているのだから始末に負えないのだ。
「いいや。俺は臨也くんの度胸に敬意を表するよ」
そして、静雄はそんな臨也に応えるように口角を上げて臨也を見下ろすと。ゆっくりと眼前に捕獲した獲物の曝された首元へと顔を埋めていく。
「新婚さん仕様なんだろう?」
「まあね」
臨也は這わされる舌先に擽ったそうに身を捩って。だけれど、依然抵抗する素振りを見せることはない。
「だから、手前を先に食い殺してやるよ」
「物騒だなあ…」
そう言いつつも、臨也は静雄へとどこか余裕の表情で笑いかけ。
だけれど。
「あ、コンロの火を消してくれる?」
「…手前は本当にムカつく」
緊張感のかけらもなく極めて現実的なことを口にする臨也の唇を、静雄は苛立たしげに塞いだのだった。

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