ルタブの約束


※付き合って間もないころの設定
 テーマは「指輪」



池袋午後22時。

常識外の時間にも関わらず、アポもなしに臨也が仕事帰りに静雄のアパートを尋ねると。インターフォンを押す前に、ドアが開いて、中からいきなり手を引っ張られた。
まるで待ち構えていたとばかりに。
「わ!!」
「臨也…!」
もちろん、驚きの声を上げた臨也は、いつものバーテン服のままの静雄に手首を捕まれたままで。
だけれど、逃げることはせずにバランスを崩しながらもなんとか靴を脱ぐことに成功する。
静雄は、その間も待てないとばかりに手首に力を込めてきた。
「なに、シズちゃん、どうしたの?」
「………」
臨也が靴を脱いだことを確認した静雄は、無言のまま臨也を室内へと連れてくるとようやく手を離した。
そして、煙草を苛立たしげに取りだすと火をつける。
ふーっと長く紫煙を吐き出すのは、彼なりにインターバルを設けることで気を落ち着かせようとしている違いない。
だけれど、臨也にしてみればなぜ静雄がこのような行動に出たのかがわからない。
臨也はそれでも問い質すようなことはせずに、ベッドへと腰かけた。
まだ若干痛みが残る手首を摩りながら、紫煙が天井へと消える様を見つめて静雄の言葉を待った。
だけれど、煙草が半分以上灰と化しても静雄が口を開くことがなく。
仕方がなく口火を切ることにした。元来、臨也は気が長いほうではない。これでも十分に配慮したつもりだ。
「なあに、ほんとどうしたの?」
「…指輪をしろ」
ようやく、口を開いたと思えば、発せられたのは意味不明な言葉だった。
しかも、真っ直ぐに臨也を見下ろしサングラス越しに睨みつけてくる。
紆余曲折あって恋人同士と呼ばれる関係に近づいた自分たちだが、まだ喧嘩相手>恋人といったほうが正しい。
まあ、百歩譲って喧嘩相手兼恋人としておこう。
おかしな話だ。自分たちの関係は、互いの消滅もしくは失墜を望み合うものだったのに。
話を戻す。
一応、恋人同士という関係であることを鑑みて、静雄の口から指輪という言葉が発せられてすぐに、薬指にはめる、つまりそういった意味合いをもつ指輪のことを言っているのだとわかった。
わかったのだけれど。自分たちにそういったものが必要か否かと言われれば、速攻で否だ。
「は?」
静雄の言葉に、臨也は静雄を見上げながら瞳を瞬かせた。
「なんで指輪?」
「手前が尻軽だからだよ」
「ひどいなあ。…まあ、否定はしないけど…」
臨也は苦笑した。情報屋をしている以上、己の身体さえも商売道具にすることに今更罪悪感もモラルもない。
ましてや、やめるつもりもない。だから、静雄から尻軽だと評されることを責めるつもりはないのだけれど。
「シズちゃん、俺に説教でもするつもりなの?」
「俺の恋人だっていう証を身につけさせたいだけだ」
「…証」
臨也は、予想外の理由に一瞬驚いて復唱して。だけれど次には、唇に笑みを敷いた。
「なに、俺のことそんなに好きなの?」
その質問に、静雄はほとんど灰と化していた煙草を灰皿に押し付けて。
一息つくと、淡々と口を開いた。
「…さあな。だが、仮にも肉体関係がある相手を野放しにするほど、俺の気持ちは軽くない」
「へぇ」
未だに、姿を見かければ殺すと自販機やら標識やらその場にある常識外れの凶器を投げ付けてくるくせに。
しかし。喧嘩相手兼恋人となったからか、静雄はこうして臨也に要求をしてくることが増えた。
…人はこれを独占欲だと言うのだけれど。果たして静雄はわかっているのだろうか。
「だけど、俺は今のスタイルをやめないよ」
臨也は当然のように言い放った。
正直、こうもあからさまに独占欲を露わにされることは心地がいい。
しかも、相手は静雄だ。
「ああ」
「…いいの?」
「仕方ないだろう。やめろと言っても手前が聞き入れないこともわかってる」
一見矛盾している言葉。だけれど静雄なりの精一杯の譲歩なのだろう。
「だから指輪」
「そうだ」
臨也は、己の掌を眼前に掲げて。
薬指に静雄から贈られた指輪がはまっている様を想像してみる。
…実に愉快だ。
臨也は掌をヒラヒラと翻し。そして、可笑しそうに笑った。
「仮にだよ。指輪をすることにしても仕事中は外すよ?相手が引くじゃない」
むしろ邪魔だ。
「それも仕方ない」
「へ?じゃあ何の意味があんの?」
「うっせ…」
そうして、静雄は口元を歪ませて。何か言い返そうとしているのだろうが、言葉にならないらしい。
「…もしかして、誰かに『そろそろ恋人に指輪を贈る頃合いじゃないのか』とか言われた?」
「…!」
静雄の確かな反応を見て、臨也は心中で苦笑した。
おそらくトムの仕業だ。自分たちの関係を知っているくせにからかっているのだろう。
おめでたいことに、静雄はトムに気付かれていないと思っているらしいが。
「図星?」
「くそっ」
図星を指された静雄は、ばつが悪そうに瞳を反らして。
なんてわかりやすい。
臨也は長い足を組んで。そして、一言返事をした。
「いいよ」
恋人同士だからといって、形から入ろうとする静雄が可笑しくて。
ベタすぎる愛情表現を笑ってやってもよかったが、そんな気にならないのが不思議だ。
「本当か」
こんなにすんなりと了承をもらえるとは思っていなかったのだろう、静雄はサングラスの奥で軽く目を見開いた。
「ああ。ただし…」
「臨也?」
笑みを浮かべながら、臨也はベッドから立ち上がって。
すでにベッドの側まで来ていた静雄を見上げた。
「君もつけるんだよ」
小首を傾げながら、臨也は静雄の首に両手を巻き付けた。
それは、まるで抱擁をせがむ女のように。
「キモい」
「あん、ひどい、シズちゃん」
しかし、言葉とは裏腹に静雄がおずおずと臨也の背に腕を回してくるから。
臨也はその胸に顔を埋めた。
ナイフが突き刺さらない強靭な胸板。少しだけ鼓動が速いのが心地よく感じる。
「なんで、俺が」
眉をひそめた静雄の、無骨な指先が臨也の背中を辿って。
満更でもないらしいことに、臨也は静雄に見つからないようにひとつ笑った。
「そんなの…」
そうして、顔を上げると。
ぐいっと自ら後方に倒れることでベッドに誘えば。重力に逆らうことなく、2人の身体はベッド方向へと向かって。
静雄は小さく舌打ちすると、不安定なお互いの体勢を支えつつ、結局ベッドに押し倒す形を取らざるを得なくなった。
「恋人同士だからだろ」
柔らかいシーツへ身体を埋めた臨也は妖艶な笑みを浮かべ、至近距離から静雄を見つめる。
静雄は唇を引き結んだままだ。
「俺はいい」
「それはズルイよ」
「ズルくない」
静雄は、臨也の胸元へと手を這わすと。
「もう黙れ」
「ん…っ」
余計な口は閉じさせるとばかりに手始めに臨也の唇を塞いだ。
すぐさま開始される着衣ごしの愛撫。
臨也はその愛撫がじれったくて、もっと触って欲しいとばかりに痩躯を軽く浮かせた。

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