ルタブの約束


ふふんと自作のメロディーらしい鼻唄が聞こえる。
臨也は、ベッドでまどろみつつ、指先ではプルタブを摘まんでいた。
ベッドの脇には、臨也によってタブを引きちぎられたビールの空き缶が静かに鎮座していて。
「なんだ?」
不気味とすら思えるほどの臨也の上機嫌ぶりに、シャワーを浴びてきた静雄はバスタオルで染められた金髪をガシガシと乱雑にふきつつ問い掛けた。
にっこりと笑う臨也は、身を起こすと静雄を手招きして。
「シズちゃん、手出して」
「あ?」
タオルを首にかけたまま、手招きに応じベッドに近付いた静雄は訝りつつも素直に右手を差し出した。
「違うよ、左」
「あ、ああ」
静雄は、左手に何の用だろうと首をひとつ傾げて。
こういうところは単純なのに、どうして絶妙のタイミングで自分のの邪魔ばかりするのだろうと臨也は思った。
「これ」
そうして、臨也は指先で弄んでいたプルタブを、静雄の薬指にはめた。
すんなりと指定位置にはまったそれに臨也は満足そうに頷いて。
「なんだよ、これ」
「ん?指輪の代わり」
「俺はしねぇって言っただろ」
「これくらい、いいじゃない。君からの熱烈な愛情表現が嬉しくてさ。こんなんじゃ代わりにもならないかもしれないけど、俺の気持ちってことで」
「臨也…」
静雄は臨也と薬指を交互に見つめた。
空き缶のプルタブを指輪代わりにするなんて、今時絶滅したんじゃないかと嘲笑うのは簡単だったけれど。
「俺にも少しくらい優越感を味わわせてよ」
そうして綺麗に微笑むものだから。静雄は笑えなくなった。
いつも人間が好きだと豪語しているくせに、他人を簡単に奈落の底へと突き落とすような言葉を紡ぐ臨也。
そんな臨也が静雄にだけ見せてくれる顔がある。
なんて扱い辛い人間。
だけれど、自分は臨也のこんなところが好きになったのだったと改めて実感して。
「わかったよ…。今だけだぞ」
そうして、静雄はなんだか臨也を抱きしめたくなって左手を伸ばした。
「シズちゃん…」
伸ばされてきた手が己の頬に触れ、うっとりとした瞳を向けてくれた臨也だったけれど。
次の瞬間、臨也は待ってましたとばかりにその左手を掴むと、口角をあげて。
それは、先程とは打って変わり、禍々しいものだった。
そしてどこからかチューブらしきものを取り出すと。
「えいっ」
「…?」
それを指にはまったプルタブのあたりに押し付けて。
押し出された半液体状のものがひんやりと静雄にも伝わった。
「なんのマネだ?」
「えへへー。これなーんだ?」
そうして、臨也は手にしていたチューブを静雄の眼前へと曝す。
「手前、それ…」
『瞬間接着剤』と表記されたチューブ。
ニヤニヤと意地悪く笑う臨也。
「!!」
静雄は急ぎ臨也から左手を振り払い、慌ててプルタブを引き抜こうとしたのだけれど。
「ぬあー!抜けねぇ!!」
「あはは!もう無理なんじゃない?」
悪戯が成功したとばかりに、ベッドの上で上半身をのけぞらせ腹を抱えて笑う臨也に静雄は顔面に青筋を浮かべてみせた。
「イーザーヤー!!」
未だ笑いを零しながらも、臨也はフルフルと怒りから全身を震わせる静雄を面白そうに眺めて。
「この俺を独占したいならそれなりの誠意を見せてもらわないとねぇ?」
「誠意だあ…?誠意のかけらも感じられないけどなあ…?」
「そうだね、まあぶっちゃけ嫌がらせ!」
「このノミ蟲!手前は殴る…!!殺す…!!」
だけれど、すぐさま臨戦態勢に入った静雄に、臨也は逃げもせずに肩を竦めると。
「俺にキレるのは後回しのほうがいいんじゃないの?指を切断したくなければ、さ」
「…っ!…クソ!」
その言葉に、ハッと我に返った静雄は、忌ま忌ましげに舌打ちし。最期に臨也にひと睨みすると台所へと走る。
とりあえず、湯水でなんとかしようと考えたのだろう。
臨也は、慌てふためく静雄の背中を見送り、ベッドを下りると身支度を始める。
もちろん、静雄がプルタブを無事取り外すまでに帰ってしまおうという寸法なわけで。
「嫌がらせだよ。俺をこんなに夢中にさせた、ね…」
「抜けねー!」という静雄の絶叫を背に、身支度を整えた臨也はひとつ微笑むとスタスタと玄関へと向かって。
ドアノブに手をかけると、一度だけ振り返る。
「シズちゃん、君はどんな指輪をくれるのかなあ」
そんな呟きだけを置き去りにした臨也は、軽快な足止りで静雄の部屋を後にすると。
朝日が昇りつつある池袋の街へと溶け込んでいったのだった。

END



初めて書いたシズイザSSです。
瞬間接着剤は、例のあの事件の後、シズちゃんが買って帰ったものを臨也が見つけたということで。

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