軟禁状態の一人ぼっちお嬢様とそのお嬢様に片思いする金魚さんのお話
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こぽこぽ、こぽこぽという音が小さな身体に響く。無意識に水中を彷徨うと少し遅れてゆったりと尾鰭が舞う。
此処から見る君は今日もなんだか辛そうだ。
綺麗に装飾された上品な紙にさらさらと何かを書いたかと思うと、それを突然ぐしゃりと丸めてから頭を抱える。
高級そうな紙なのにいいのかな?とかそんなに思い切り頭を抱えたら髪の毛がぐしゃぐしゃになっちゃうよ、
とか僕の中で次々沸いてく不安や心配をよそにごつんと君は机にあたまを打ち付けてから伏せてしまう。
そんな君を見ているとつい、僕に君と同じような手や足…せめて声だけでもあればよかったのになと思う。
足があれば今すぐ君の側に行けるだろうに、手があれば君の髪を梳いてあげれるだろうに。声があれば君に優しい言葉を掛けてあげれるだろうに。
ふと我に返って、いけないと慌てて自分に言い聞かせる。
そう、僕は君とは違うから。君と同じ部屋に居ることは出来るけれど同じ空気を吸うことは出来ない。
水槽の硝子越しに君を盗み見る。君はきっと僕の視線なんて気がつくことが無いのだろう。
そう思うとなんだかどうしようもない気持ちになって君の居る方から背を向け水槽の端へ泳いでく。
するとこつん、と水槽に微かな振動が響いた。
「ねーえ…おまえまでそっぽ向くの?」
水槽に額をくっつけたまま君は口を尖らせた。
君が来てくれたのが嬉しくて今すぐ君のもとへ飛んで(正しくは泳いで、だけれど)いきたい気持ちでいっぱいだったけれどなんだかそれは子供っぽい気がしてそのまま水槽の隅っこに留まる。

「お元気ですか。僕は元気です。
先日妹の唯音が行きたいと駄々をこねるので南の島へ家族旅行をしてきました。
実は僕も海を見るのが始めてで少しはしゃいでしまいました。
きっと貴女はそんなことご存じでしょうから莫迦にされてしまうかもしれませんが
群青色の海は本当に美しく…」
と、そこまで読んで君はその紙をぺしんと机に置いた。
「見たことないわよ」
それから指で軽く弾くように水槽を叩いた。
「群青色って、どんな色なのかしらね。」
水槽の前で頬杖をついて、君は唄うように言う。
「私が、海も空も川も。虫も道路も車もなにもかも見たことがない世間知らずな生意気小娘だなんて、彼が知ったらどうなるかなあ」
消えそうな声で君がそんなことをいうものだから、なんだか心配になって君の側まで近づく。
「婚約を取り消ししてくるかしら?…そうなったら私はどうなっちゃうんだろう。私から、彼の許婚って肩書きを取ってしまったら何も残らないわ」
苦笑混じりに淡いため息を吐く君に僕は声を掛けてあげることも出来ない。やっぱり、自分のこの体が恨めしい。
「ねぇ、私海に行ってみたい」
不意に君がそんな事を言う。
「あなたと海に行って、一緒にこぽこぽ水の中へ沈んでいくの。ずっと、ずうっと底まで。何が何だかわかんないくらい暗いとこまであなたと一緒に」
まっすぐ僕のことを見つめながら言っているから、君のいう「あなた」は僕のことなのだろう。ことことと心臓が踊り出した。

「なんて、出来るわけないよね」
へにゃりと顔をしわくちゃに歪める君。それは笑ってる風にも泣いている風にも見えない不思議な表情だった。
だけれどその柔らかな曲線の頬にするりと一筋の涙が、確かに落ちていった。
僕はその色を知らないけれど君の涙を見て綺麗だと思ったから、それが群青色なのかなあとなにかから逃げるみたいに考えてみた。

(君のためならば、海だって空だってゆけるとおもうの)
(群青涙が溶けて判らなくなるくらい、深く深く君と一緒に溺れよう)






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