ぺしんと軽快な音が病室に響いた。
病名を彼に伝え用事が済んだ医者は退室していた。ここには僕と彼、二人きりだ。
いつか、彼にこうやって頬をぶたれた気がする。
ぼんやりと思いだしたそれを彼に伝えようとしたがそんな状況ではないようだ。
「馬鹿…」
そういって瞳の縁に涙をためて、彼は僕を見つめた。
「ふりーせる…くん?」
恐る恐る彼の名前を声に出すと、彼はぽろぽろと涙を零しはじめた。
「くん、なんて他人行儀な呼び方やめてよ」
子供のように泣きじゃくる彼にどうしていいかたじろぐ。
恋人が記憶喪失になってしまうというのはそんなに悲しいものなのだろうか。
彼がそれほど、元の僕を愛していたのだろうか。
そう思うとなんだか申し訳なくなり、シーツを握る彼の手にそっと自分の手を重ねた。
「ごめん」

「いつも、いつもそうやって君は」
掠れた声で呟いてからベッドのシーツに顔を埋め彼はわんわんと泣いていた。

(いつもずるくてごめんね)
不意に呟きそうになったその言葉はきっと彼の恋人だった僕のものだろう、と彼の頭を撫でながら思った。


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