10

「伊織! 一体何があったんだよ!?」
「今説明してる暇が無いの! とにかく、追ってくる奴から逃げないと!」
「追ってくる奴……?」



私に手を引かれつつ後ろを見る龍。でも、龍には妖が見えていない為後ろを見ても意味が無い。龍は首を傾げながら、再び私へと顔を向けた。キョトンとした表情を浮かべながら「誰も追って来ないぞ?」と言う龍に、思わず「いいから!」と強く言って龍の手を更に引っ張る私。龍は私の言動が理解出来ないようで、「お、おう?」と混乱しているようだ。
……けれど次第に、いつしか私が龍に手を引っ張られる形となり、立場が逆転してしまった。



「ぜえっ、ぜえっ!」
「だ、大丈夫かっ……?」



息切れをしている私を心配して、そう言ってくれた龍も息切れをしている。走る速度も段々と下がっていき、このままでは追いつかれてしまうだろう。どこかの建物に入るしかないのだろうか。と、前方に見知った顔の人が居た。
――斎藤さんだ。
「橘を見つけたのか」と呑気に話す斎藤さんだが、残念ながら、今はそんな呑気に話している場合ではない。私達がちょうど斎藤さんの隣を通り過ぎる時だ。龍が斎藤さんの手を掴んで道連れにした。さすがの斎藤さんも急な事に驚いている様子。



「ぜえっ、ごめ、っ、なさい! っぜえ、ぜえ……変な、っ、事に、巻きっ……こんじゃって……!」



走っている為、息を整える暇もなく、私は必死に斎藤さんに謝った。斎藤はそんな私を見て、無理矢理龍から手をはなし私を横抱きした。私は驚き、息切れをしながらも「斎藤さん!?」と斎藤さんの顔を見る。だが、斎藤さんは走る先を見ている為、私へと顔は向けない。



「何者かから逃げたいのだろう。今は大人しくしていろ」
「は、はい……」



無表情で私に言い放つ斎藤さん。……斎藤さんがこんな事をしてくれるなんて思わなくて、だいぶ驚いてしまった。それは、思いっきり顔に表れている龍もそうだろう。
……ご迷惑を、おかけします……。息を整えつつ、私はそう言った。だが、斎藤さんはぶっきらぼうに「そういう時は礼を言うものだ」と言われる。ああ、そうか、そうなんだ。恥ずかしさのあまり「ありがとうございます」と控えめに私がそう言うと、斎藤さんが少し微笑んだかのように見えた。私はそのことに、心が温まっていくのを感じた。……斎藤さんが初めて微笑んでくれた。嬉しいな。



「あそこに隠れるぞ!」



そう言って家と家の隙間を指さす龍。たしかに、あそこなら妖の目を盗んでなんとか逃げることができるかもしれない。目的地が決まり、二人とも走る速度が速くなった。やっとのことで家の隙間に入る。妖が素通りする姿が見え、「もう、大丈夫です」と二人に言う。私の言葉に、安心したのか龍がその場に座り、斎藤さんが私を優しく降ろしてくれた。



「で、どういうことか説明してくれねえか?」



私の目を捕えてそう言う龍。私はその言葉と龍の目に動揺し、俯く。今から本当の事を話さなきゃいけないのか。恐い、二人に嫌われたくない……。自分の体が震えているのが分かる。「伊織?」と私の名を呼ぶ龍に、私は思わず「ごめんなさいっ」と謝ってしまう。俯いている為、ポタポタと落ちる涙は地面へと吸い込まれていく。いきなり泣き出した私に、龍も斎藤さんも慌てるのが分かる。
初めて出来た優しい友人、初めて笑ってくれた人。私が話せば、この人達も私から離れて行く。



「ど、どうしたんだ!? 俺、聞くから。少しずつ、話せよ。な?」



私の頭を優しく撫でて落ち着かせようとしてくれる龍。龍のおかげで、少し落ち着けた気がする。本当のことを今から話そうとすると、手や足が震える。「どうか離れていきませんように」と心の中で神様にお願いをしながら、震える口を開く。



「……私、昔から妖が見えたの」



私の言葉に、明らかに驚いた表情をしながら「妖?」と聞く龍。私は「うん」と小さく頷く。
でも、皆には見えなくて……。信じてもらいたかったのに、母上や父上にも信じてもらえなかった。妖は私だけしか見えなくて、皆は嘘って決めつけて私を冷めた目で見るの。もう両親の元には居れなくて、家を出た。住むところなんて無かったから、神社で過ごしてた。でも、”お菊さん”が助けてくれたの。お菊さんは、優しく接してくれた。私にとっては家族も同然の存在だった。
「でも、」と私は言葉を続けた。話をするにつれ、落ち着いてきたはずの気持ちが落ち着かなくなってきた。涙も、先程より溢れている。



「私が、買い物に行ってる間に、お菊さん達のお店が燃えててっ……! その時、近藤さんが、助けてくれたのっ……!」



話終えて、私はずっと静かに泣いた。……言ってしまった。妖が見えることも、今まで起きたことも全部。また、嫌われる。恐がられる。気味悪がられる。分かってたことなのに、どうして、龍の前だと弱音を吐きたくなるんだろう。
もう龍達とは一緒にいられないと、そう思ったとき、龍に抱きしめられた。背中をポンポント叩く手は、温かくてとても優しい。なんで……、どうして……。他の人達は、そんな優しい反応をしてくれなかった。



「んなことで嫌わねえよ、嫌うわけがねえ。話してくれて、ありがとな」



龍の言葉に、思わず斎藤さんを見る。斎藤さんは、珍しく優しく微笑んでいた。どうしよう……、今、凄く幸せだ。込み上げてきた思いが、涙となって溢れ出す。龍の背中に手を回すと、彼は「思いっきり吐き出せ」と言いながら、背中をさすってくれた。
そんなこと言われたら、そんなことされたら、涙が止まらなくなってしまう。


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