08

「先程何者かから逃げていたが、それは妖だったというわけか。それから、俺の背後に居る者も」
「!! ……気付いてたんですか?」
「ああ。最近はやけに体も重いしな」



そう言い、片手で反対の肩をさする斎藤さん。斎藤さんがさすった肩の方には、確かに妖であるヒノエが立っている。驚いた。凄く勘の良い人だ、斎藤さんって。



「で、その話、皆に話すのか?」



心配そうに私に聞く龍。「どうしようか……」と思いつつ、私は俯く。龍と斎藤さんは信じてくれて、私を受け入れてくれた。けれど、他の人達が二人のように私を受け入れてくれるとは思わない。特に、沖田さんは私に「出て行け」と言った人。あの人は私のことが邪魔で仕方なく、妖の話を利用して何かしてくるかもしれない。



「まだ、かな。近藤さんには、多分その内……」



斎藤さんにはいずれヒノエのことで話さなければいけなかったけど。いや、私なら誤魔化していたかもしれない。私達の会話に、斎藤さんの背後に居るヒノエが「酷いねえ……、まるで化物みたいに扱って」と言っていた。いや、人間からしたら妖は化物なのだけれど……。その時、龍が「俺も妖見たい!!」と言いだした。……確かに、一般人にも妖を見せることが出来る術を私は知ってるけど……。



「俺と斎藤も一緒に追いかけられてるのに、伊織しか見えないっていうのは……、こう言っちゃ悪いが、逃げれる気がしないんだ」



確かに、龍の言うとおりだ。私は戦い方もろくに知らないし、さっきだって逃げることしかできなかった。龍と斎藤さんがいれば心強いけれど、二人がもし傷つきでもしたら……。「でも、凄く恐いよ?」と聞くと、すぐに「恐くても良い」と返事が返ってきた。



「いや、良いっていうのはちょっと違うが……。とりあえず!! 俺は、お前と同じ立場で、お前の見ている世界を見たいんだ!!」



そんなこと言われたの初めてだ。……でも、きっと龍なら大丈夫。私は龍の目をしっかりと見て、「うん」と頷く。すると、龍は嬉しそうに笑顔になった。その笑顔を見てつられて私も笑顔になり、斎藤さんに顔を向ける。「斎藤さんは、どうしますか?」と聞けば、「俺も頼む」と返事が返ってくる。斎藤さんの言葉に頷き、周りを見渡して、どこかに布がないか探す。だが、此処は店。やはり……、人様の物を勝手に使うのは気が引ける。



「二人とも、布持ってませんか?」
「布……? 俺は、これだな」



そう言って自分の首に巻いているものに触れる斎藤さん。ああ、確かに斎藤さんにはそれがあった。龍へと顔を向けると「俺は……、コレだなっ!」懐から手拭いを取り出した。私は右手を斎藤さんの首に巻いているものに、左手を龍の手拭いに添える。



「――我が身を守りし者の目、映させて頂きたく候」



掌に力を込め、静かにそう言う。



「これで、見えると思います。試しに、斎藤さんの後ろを見てください」



私の言葉の言うとおり、龍は斎藤さんの背後を、斎藤さんは自分の背後を見た。その瞬間、キョトンとした表情から驚愕の表情へと変わる。「っうわー!!? な、何か居る!!?」「な、何者だ……!?」と声を上げる二人は相当驚いているのだとよく分かる。特に龍。ヒノエは愉快そうにクスクス笑うと、「アンタ凄いんだね」と私に視線を向けて言った。何故斎藤さんに憑いているのか聞けば、斎藤さんがヒノエの知っている女に似ているという。それを聞いた斎藤さんは複雑そうな表情を浮かべた。



≪アンタを見かける度、死んだ人間のあの子の事を思い出してねえ……、似てるだけでも良いから、少しでもあの子に近づきたかったのさ≫



説明するヒノエの顔は、とても優しく穏やかな表情をしていた。……もしかしたらヒノエは、悪い妖では無いのかもしれない。



「……ヒノエ、私に協力してくれないかな?」



私の言葉に、ヒノエを含め、龍と斎藤さんの三人が目を丸くして驚く。特にヒノエは相当驚いているらしい。「正気かい!!?」と言うヒノエに、「悪い妖じゃないと思うから」と正直な気持ちを言葉にすれば、呆れられてしまった。酷い。しかし、すぐに笑みを浮かべて「分かった、仲間になってあげようじゃないか」と言ってくれる。その言葉が嬉しくて笑みを浮かべている時…――、



――…ガタッ……、ガタガタガタガタガタッ!!



突然戸がガタガタと動いた。風が強いわけじゃないのに……。驚いている私達に対し、そう言いながら戸に手をつけるヒノエ。まさかとは思うけど、戸を開ける気じゃ……? そう思った瞬間、ガラァッ、とヒノエが思いっきり戸を開けた。私達は「ちょっ、」とヒノエに声をかけようとするが、外に先程私達を追いかけていた妖がいることに気づき、言葉を引っ込める。



≪――ミツケタ。橘伊織と人の子、見ツケタ≫



ケラケラと笑う妖。その妖は私と龍と斎藤さんだけを狙っているらしく、ヒノエには目もくれない。まず気づいているのかどうかも分からない。



「あ、アイツ、なんなんだよっ……!!?」
「アレが、さっき私達を追ってきていた妖」
「っ……、マジか……」



私の言葉に青ざめる龍。やはり妖を見させるのは普通の人にとっては堪えることなのだ。……止めておけば良かった。ふと、「ちょいと待ちな」とヒノエが妖に話しかける。妖はゆっくりとヒノエに視線を向ける。そして、「ひぃっ…!」と小さく悲鳴をあげた。そういえば、ヒノエは結構強い妖だと聞いた。となると、この妖はヒノエよりも弱い妖なのかもしれない。



≪この子達に手を出すんじゃないよ。……この子達は、私の大切な主とその友人なんだ≫



ヒノエの言葉に、私は「えっ」と内心思う。確かに協力してくれ、とは言ったけれど、私の下につけ、とは言っていない。ヒノエは何を考えているんだろう。



≪しっ、しかし……!!≫
≪駄目だって言ってんだろう? ……それとも何かい? 今すぐこの世から消え去りたいと?≫



キッ、と妖を鋭く睨みつけるヒノエ。その瞬間、妖はビクッと反応し、額には冷や汗出てきて次第にはビッショリと濡れてきてしまっている。ヒノエに敵わないと思ったのか、妖は「ご、ごめんなさいぃっ!!」と転びそうになりながらも逃げて行った。姿が見えなくなっていくのを見届け、ホッと息をつく。恐怖心からなのか安心感からなのか足が少し震える。これで、もう大丈夫。



「ありがとう、ヒノエ」
≪どうってこと無いさ≫



ヒノエが優しく微笑む。と思ったら、ポンッ、と煙を立てて、いつの間にかヒノエは黒猫になっていた。私達は「えっ」と驚く。「こっちの方が怪しまれないだろう?」とケロッとしながら言う黒猫。あ、ああ、うん、確かに。姿は黒猫でも、声は確かにヒノエだ。すると、ヒノエが斎藤さんに顔を向ける。斎藤さんもその事に気がついたのか、少し首を傾げた。



「とり憑いちまって悪かったね。体、重いだろう?」
「……いや、たいしたことでは無い」
「ふふ、そうかい。それは良かった」



フッ、と微笑み合う二人。。妖と人間がこうやって笑い合うのを見るのは、初めてだ。なんだかちょっと、不思議というかなんというか。「さてと、帰るか」とニカッと元気の良い笑顔で私に言う龍に、「そうだね」と私も笑顔で頷いた。……と、その前に。「あの、」と龍、斎藤さん、ヒノエに声を掛ける。三人は私へと顔を向ける。私は再び笑顔を浮かべ、三人に対して言葉を言う。



「――助けてくれて、有難う御座いました」



心の底から、そう言った。すると、三人共、私と同じように笑みを浮かべ、「どういたしまして」と言ってくれた。



(そういえば、いつまで妖が見れるんだ? by.龍)
(さっき私が呪文を唱える時に触ったものを自分の身からとるまで。それまではまだ妖が見えるよ。 by.伊織)
(……便利なんだな。 by.一)
(ま、恐い妖が出た時は不便だけどねぇ。 by.ヒノエ)


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