おかえりなさい | ナノ
寝耳に水 - A box on the ear -

近くのコンビニに着いたら、彼に服のサイズを聞くのを忘れていたことを思い出した。
男性の普通のサイズが分からない私は「ヤベェ」と青ざめたものの、一番大きいLLサイズの白いTシャツを購入した。
これでサイズが合わなかったら本当に申し訳ないけど、我慢してもらうしかない。
それともう一つ、装備を脱ぐのは良いけど入れる袋がないと思い、紙袋を何枚も買っておいた。私流石。



「お待たせしました」



急いで先程の場所へ戻ると、彼は退屈そうに座っていた。
だが、私に気づくと片手を軽くあげて立ち上がり、預けていたスマホを私に手渡す。
そのスマホを受け取り、スマホに向かって「上だけ着替えて、装備は紙袋に入れてください」と言い、スマホを彼に見せる。
彼は頷いて、早速自分の服に手をかけた。
そのことに「早速!?」と驚き、慌てて彼に背を見せる。



「っ……」



あ、あれは酷い。あれは反則。あれは心臓に悪い。
ただでさえ異性と話すのが苦手なのに、こんなことってあるの、あって良いの、駄目だよ。
それにしたって私嫁入り前なのに! こんな現実になっちゃったら尚更二次元に没頭しちゃう!
スマホを持っていない方の手を顔に当ててそんなことを考えていると、肩をトントンと叩かれた。
「えっ、着替え終わるの早っ」と思いつつ振り向けば、いまだに着替えていない複雑そうな表情をした彼の姿。
どうしかしたのか聞こうと口を開こうとすると、手に持っているスマホを奪われてしまった。



「The one arm cannot change the clothes. It is bad, but will you help me?」



スマホを返され、文章を見ると「片腕じゃ着替えれません。すみませんが、手伝ってくれませんか?」と書かれていた。
な ん で す と 。
美味しい展開だけど私には色々と荷が重い。重すぎる。けど、こんな状況じゃ断ることも難しいっ……。
「仕方ない」と腹を括り、彼から視線を逸らしたくなりつつもコクンと頷く。
内心平謝りし、微かに震える手で彼の防弾チョッキへと手をかけた。
顔が強張っているのを感じつつも防弾チョッキを脱がせ、中の服も次々と脱がせる。
最後の一枚を脱がせると、彼の立派な上半身が露になり、私は慌てて視線を逸らしてしまう。
その時、「クックック」と言う喉で笑うような音が聞こえ、彼へと視線を向ける。



「Pure」



そう言う彼の顔は笑みを浮かべていて、私にはそれだけで心臓がバクバクうるさくなった。
視線を逸らし、Tシャツを袋から出して彼に押し付けるように乱暴に渡す。
彼はいまだに笑いながら「Sorry」と言い、受け取ったTシャツを広げて着始めた。
すぐに着終えた彼の姿を見て、本当に右腕ないんだなあ、と思ってしまう。
そういえば怪我は大丈夫なのだろうか、と思いスマホに向かって「怪我大丈夫?」と言ってスマホを彼に見せる。
彼はスマホの画面を見て頷き、「Don't worry」と言った。そっか、良かった。



「レッツゴー」



装備の入った紙袋を持ち、着替え終わった彼に言うと「OK」と返事が返ってきた。
返事を聞いて歩き出すと、片方の紙袋が奪われた。
驚いて右にいる彼を見ると、「It would be heavy.」と言った。
正直何を言っているか分からないけど、多分「持つ」みたいな優しい言葉を言ってくれたんだろうな。
その優しさが嬉しくて、少し笑みを浮かべて「サンキュー」と言うと、彼も笑みを浮かべてくれた。



「あの外国人かっこよくない?」
「でも片腕ないんだけど……」
「ほんとだ、ヤバ……」



彼と家に帰るべく道を歩いていると、まだ若いであろう女の子達の会話が聞こえた。
外国人で片腕が無いというと、右隣を歩いている彼しか思い当たらない。
大きな声で失礼な会話をする女の子達に嫌悪を抱きつつ、私は彼の左から右へと移動し、なるべく道ゆく人達に彼の右腕が見えないように盾になる。
目の端に彼が首を傾げるのが見えたが、私はあえて見ないふりをする。



「What is your name?」



頭の中では女の子達の会話がループし、自然と眉間に皺が寄ってしまう。
そんな時、左隣の彼が「名前はなんだ?」と聞いてきた。
そのことに驚くが、冷静に口を開く。



「文香」



短く分かりやすいように言うと、彼は覚える為か私の名前を呟いた。
しかし、それは間違った名前で、私はもう一度「文香」と一文字一文字ハッキリ言う。
すると、今度は「Humika」と間違えずにちゃんと言ってくれた。
笑顔で「イエス!」と言うと、彼は照れくさそうに笑った。



「I am Piers」



彼の言葉に「ピアーズ」と確認のように言うと、「Yes」と返ってきた。
といっても、私は元々彼の名前を知っているから聞くまでもないんだけど。
…………そうだ、彼にゲームのことを話すべきだろうか。
私としては話すのは不安なのだが、ゲームのことをいつまでも隠し通せるとは思えない。
でもゲームのことを話したとして、彼はどう思うのか分からない。
私は複雑な心境のまま、スマホをポケットから出して翻訳アプリを開く。



「家についたら、大事な話があるの」



スマホに向かって言い、スマホの画面を彼に見せる。
彼は文章を読んで首を傾げ、スマホに向かって「Is it confession?」と言った。
スマホの画面を見ると「それは、告白ですか?」という文章があり、驚いて彼へと視線を向ける。
「違う違う!」と慌てて首を横に振れば、彼はおかしそうに笑った。

prev next
- 3 -


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -