変魂if | ナノ

『第4章 真・古志城前哨戦』


八人の遠呂智を打ち倒した直後、その亡骸から力が解放された。それは、いずこかに飛び去り、再び結合……。そして、最強・最悪の存在を生み出した。絶対の破壊神……。いち早く、その存在を察知した伏犠様と女カ様は、一軍を率いて、魔窟の深部へと踏み込む。
人の力というものをやっと理解し始めた素戔嗚様だったが、いつものように討伐軍へと進軍してきた。今回の戦が、素戔嗚様と討伐軍の最後の決着になるのだろう。




 ***




戦が始まって数時間。素戔嗚様が我々討伐軍に負けたとの報告が入った。
討伐軍に居た誰もが歓喜する中、その報告を聞いた私は動揺する。いずれこうなると知っていた私は驚きはしなかったが、それよりも先に「素戔嗚様の手当てをしなければ」と思った。しかし私は素戔嗚様を裏切ってしまった身であり、今は討伐軍。勝手な行いは……。



「行ってきたらどう?」



共に味方の手当てにまわっていた市が、そう言った。意外な言葉に、市を見る。彼女はいつものように優しい笑みを浮かべていた。



「心配なんでしょう?」
「でも、私は、」
「手当てをするだけじゃない。お兄様には私から話しておくわ」



なんでもないように言う市。中途半端だと思っているけれど、やっぱり、素戔嗚様を心配する気持ちは消えなかった。慌てて救急箱を手に持ち、「行ってくる!」と市に言いながら馬に乗って本陣を出る。指揮を取っている男性に「おい!?」と止められたが、構っている暇はない。
しばらく馬で走っているが、思ったよりも傷だらけで倒れている人が多かった。中には亡くなっているだろう人もいて胸が痛む。



「たす、けて……すけ……」



助けを求める掠れた声がどこからか聞こえた。馬を止めて辺りを見渡すと、刀で肩を刺されている人を見つける。よく見ると足には矢が刺さっており、助けなければ出血多量で亡くなりそうな人。驚きながらも慌てて馬から降り、「大丈夫ですか!?」と声をかける。言っておいてなんだけど、これは大丈夫じゃないよな……。



「先に矢抜きます。我慢してください」
「やだ、やめろっ……、痛いのは嫌だっ……」



涙を流し、私の手を払いのける男性。その拒む姿に胸が痛むものの、男性の為を思うなら矢と刀を抜かなければならない。こうなったら強行突破だ。暴れる男性の矢が刺さった足首を押さえつけ、矢を掴む。「やめろぉおお!」と叫ぶ男性だったが、私はその矢を全力で引き抜いた。



「っ、あぁあッ!」



案の定、血が溢れ出る。すかさず、開けた救急箱から神農様お手製の止血剤を出し、傷口に塗る。男性は呻き声を出しながらも痛みを我慢してくれている。ある程度塗り終わった後は、綿布を当てて包帯を巻く。……次は刀を抜かないと。刀の柄を掴み、「ふー」と息をはく。すぐに息を止め、ぐっと力を込めて刀を引き抜いた。



「あああああっ!」
「っ!」



男性の悲鳴と共に、大量の血が肩から流れ出る。余程ショックだったのか、男性は悲鳴を上げた後ぐったりと気絶してしまった。このままではマズイ。再び手拭いを男性の肩の傷口に押し当て、圧迫させる。じわじわと手拭いが赤く染まっていき、自分の手も男性の血で濡れる。



「頼む、早く止まれっ……」



私の願いが通じたのか、血は10分程でだいぶ止まってきた。血で濡れた手でやるのは申し訳ないが、綿布を当てながら包帯を巻いていく。包帯が所々私の手についた血で滲んでしまっている。後はこの人が安静にしていれば大丈夫。一息つき、綺麗な手拭いで自分の手についた血を拭き取る。



「さて、素戔嗚様の傷の具合はどうかな……」




 ***




馬で道を進み、大の字で倒れている素戔嗚様を見つけた。
私が声をかけるよりも先に、素戔嗚様が私に気付き、上半身を起こして「冬紀」と私の名前を呼ぶ。捨てられた身だから冷たいかと思ったけれど、態度はいつもと何ひとつ変わらない。私は素戔嗚様の側まで行き、馬から降りて「やられちゃいましたね」と声をかける。私の言葉に、素戔嗚様は「ああ」と小さく頷いた。



「見誤っていた。人の子らは、強い」



何を今更。本当は心のどこかで気付いていただろうに。
そんなことを思っていても口には出さず、素戔嗚様の横に座って救急箱を開ける。素戔嗚様は私の着物についている大量の血を見て眉間に皺を寄せ、「それはどうした?」といつもより低い声で聞いてきた。私が怪我していれば、恐らく叱られていたことだろう。



「道中重症の方を見つけまして、手当てをしました」
「怪我はないな?」
「勿論。戦っていない場所を選んで来ましたから」



私の言葉に「そうか」と安堵する素戔嗚様。
ナタとは友人、神農様は何かと私を気にかけてくれるが、素戔嗚様自身は私をどう思っているんだろう。半ば強制的に私という存在を押し付けられたわけだが、それでも素戔嗚様は嫌な顔ひとつせずに私の面倒を見てくれた。それは、私が何もできない弱い人間だからなのだろうか。



「どうかしたか?」
「……いえ、傷が酷いなあと」



思いふけっている私に気付いたのか、素戔嗚様が聞いてきたが誤魔化した。とりあえず一番傷の深い腕に止血剤を塗る。一瞬素戔嗚様の顔が歪んだが、気にしないふりをして出てくる血を手拭いで拭いていく。いつもいつも傷ばかりで帰ってくるんだから、痛がっていても容赦はしない。



「冬紀、手当てが終わったらすぐに戻れ」
「……、素戔嗚様は?」
「討伐軍に加勢する」
「はあ? その怪我で?」



何を言っているんだ、この人は。たった今討伐軍の人達と戦って負けて、重症ともいえるほどの出血量なのに。信じられない、と思いながらも出血している傷口を手拭いで抑える。私が納得していないことが分かったのか、素戔嗚様は「それでも行かねばならぬのだ」と呟いた。ええ、分かってますよ、本当は素戔嗚様が遠呂智を倒したいんですよね。



「だからって、これだけ怪我されたら私だって心配するに決まってんでしょう」



私の言葉に何も言えなくなったのか、素戔嗚様はそれから何も言わなかった。私も何も言わず、黙々と素戔嗚様の手当てをしていく。素戔嗚様も周りに心配させていることを分かっているのかもしれない。それでも、世界を救いたいという素戔嗚様の正義が勝っているのだろう。
その後、素戔嗚様は「行ってくる」と一言言って、先に進んだ討伐軍の後を追って行ってしまった。



11/16

しおりを挟む
戻るTOP


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -