▼06
「――の薬となります。小さなお子さんということで、喉に詰まらせないように気を付けて飲ませてあげてください」
「へい」
「以上で二十文となります」
今日も今日とて、我が薬屋は平和だ。
お爺さんであるにも関わらず、若松さんは元気に明るい接客をしているし。
俺は俺で、充実な毎日を過ごしているし。
まあ、キャーキャー騒ぐ女性方には困ったもんだが。嬉しいけど。
「有難う御座いました。またのお越しをお待ちしております」
店から出て行くお客様に向け、丁寧に頭を下げながら言う。
すると、お客様は「おう、また来させてもらうわ!」と笑顔を浮かべて去って行った。
京は喧嘩は多いが、内面を知ってしまえば仲良くなれる人達ばかりだ。
初めて京の喧嘩に遭遇した時は軽く焦ったが、今ではもう慣れっ子。
「ふう、ひと段落つきましたね」
「せやな。昼時やし、みんな昼餉を食べてるんやろ」
「俺達も昼餉にします?」
「…………食料があらへんの忘れとった」
「…………マジですか」
俺達の昼餉はどうするんですか!? 午後頑張れませんよ!?
「勘介、なんか買うてきてや」
「えー、俺ですか?」
「老いぼれを動かすんか?」
「……」
ちくしょう。
わざと「いててて」と腰を擦る若松さんを呆れた目で見る。
若松さんは、そんな俺の視線に気づきながらも、下手な芝居を続けている。
これ以上付き合っていても若松さんのペースに巻き込まれるだけだ。
「分かりました。行ってくれば良いんでしょう」
「さすが勘介! 話が分かる奴や!」
「…………」
ちくしょう。
なんて調子の良い老人だ、若松さんめ。
つーか初めて会った時とキャラ違うじゃんよ。
ええい、お腹が空く前に早く食材を買ってきてしまおう。
半ば諦め、財布を持って「行ってきます」と行って、店を出た。
***
さてさて、今日の昼餉は何にしようか。
多分お客さんが来るまであまり時間がないだろうし、ささっと早く食べれる昼餉にしたい。
…………あ、豆腐ステーキとかどうだろう。
アレなら焼いて大根おろしとか酢とかで盛り付けるだけだし。
よし、そうしよう、豆腐ステーキにしよう。
そうと決まれば豆腐屋に行こうではない…――
「見てみ、新選組や」
「目ぇ合わせたらあかんよ。何しはるか分かれへん」
「せやな」
――…か。
……真選組?
そういえば、若松さんに「京には真選組っちゅー物騒な連中がおる。あんま関わらん方がええ」って言われたことあったな。
あのとき仕事中だったからスルーしちゃったけど。
そうか、此処にも真選組がいるのか。
「新選組ん中にはかっこええ人もおるけど、うちは勘介はんの方が好きやなあ」
「そないん言わはったら、うちかてそうやで」
……え、なんで俺が話題に出たの。
凄い恥ずかしいんだけど。どうしたら良いんだ、俺。
「あら、見て。ちっさい男の子がおるわ」
「え? あの子って女の子じゃおまへん?」
「えー?」
小さい男の子?
おいおい、真選組、小さい男の子を入隊させちゃマズイだろ。
人だかりがあり、此処からでは真選組が見えない。
ピョンピョン、と跳ねると、少しだけ、浅黄色の羽織を着た男達が見えた。
俺の知っている真選組は、黒色の隊服を着ていたが、この世界の真選組は結構明るめの隊服を使用しているようだ。
世界が変わるとこうも違いものなのか。
で、例の小さい男の子だが……、此処からじゃ全く見えない。
小さいというのだから、まだまだ子供で、背も小さいのだろう。
……見るのは諦めるか。
「――あっ! 勘介はんや!」
え。
女の子の声が、俺の名前を呼んだ。
声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには頬を赤く染めたうちの薬屋に訪れたことのある女の子。
その女の子の声が原因なのか分からないが、俺に気づいた女の子達が、ブワァッ、と一斉に俺へと群がった。
「ほんまに勘介はんや!」
「会えて嬉しいわーっ!」
「こないな所でどないしたん?」
「い、いや、あの、えっと……」
おいおいおいィィィイ!
どうすんだコレェェエエエ!
逃げようにも女の子達が周りにいて逃げれないぞコレェェェェエエエ!
前後左右、全て女の子達で埋め尽くされてしまっている。
買い物をしに来たのに、こんなんでは買い物が出来ず終いになり、若松さんに怒られてしまう。
「あ、あの、俺、買い物中でっ……」
「買い物中? あーん、うちを買うてーっ!」
何 故 そ う な る 。
「おい、お前等! 通行の邪魔だろうが!」
絶望しかけていると、何処からか男の声が聞こえた。
これは明らかに、群がっている俺達に向かって言われた言葉だ。
「なんやね――…ひっ!? 新選組!?」
文句を言おうと、女の子達が男の声がする方へ顔を向ける。
だが、その男が浅黄色の羽織を着ていることに気づくと、真っ青な表情になった。
「ほ、ほな、勘介はん、うちはこれで……」
「う、うちも……」
新選組の存在を恐れた女の子達は、青ざめたまま、俺の元から去って行った。
それも、一人や二人ではなく、俺の周りにいた女の子全員が、だ。
「おう、アンタ、大丈夫か?」
俺を女の子達から助けてくれた男性。
その男性が、苦笑しながら俺を気遣ってくれた。
男性へと顔を向けると、彼はバンダナをしており、筋肉質な体型をしていることが分かった。
「有難う御座います。助かりました」
「どうってことねぇよ。正直、巡回してた俺達にも迷惑だったからな」
ニカッ、と明るい笑顔を見せる男性。
今まで周りにいなかった兄貴肌のような彼に、少しだけ戸惑ってしまう。
あやめ姉さんや全蔵兄さん達とは大違いだ。
あの人達と話したらギャグや変態方向にしかならん。
「新ぱっつあーん、道開けれたなら行こうぜー」
明らかに此方に向かって言われた言葉。
声のした方に、俺と男性が顔を向ける。
そこには、ポニーテールのやんちゃそうな男性と…――、
「あ」
「っ! あ、ああああ貴方はっ……!」
先日助けた、可愛らしい男装少女が居た。
さっき女の子達が言っていた「小さい男の子」というのは、あの子のことだったのか。
それにしても、女の子を真選組に入れて大丈夫だろうか。
小さい男の子よりも、女の子が真選組に居ることのほうが大変なことだと思う。
「お? なんだなんだ、お前等。知り合いだったのか?」
「え、えっと、先日助けていただいて……」
「あ、じゃあ、千鶴が言ってた人ってこの人なのか」
女の子は頬を赤く染め、隣にいるポニーテールの男性は俺をジッと見る。
「千鶴がお礼したいって言ってたし、屯所に来てもらえば?」
「え、屯所?」
「おう、新選組のな」
部外者の俺を入れてしまって、大丈夫だろうか……。
真選組の屯所に言って、ズバァッ!、と斬り殺されたりしないだろうな……。
「あ、あのっ、先日助けていただいたのに、ちゃんとしたお礼も言えなくて、その……」
「ん? ああ、良いんだ。叫びながらだったけど、お礼を言ったのには変わりないから」
苦笑しながら言う。
俺の顔を見て、女の子が更に顔を赤く染める。
俺から目線を逸らしながら唇を、キュッ、と引き締めると、少女は俺へと視線を向けた。
「お、お茶を用意しますっ! お礼もかねて、お茶しませんかっ……!?」
林檎のように顔を真っ赤にして言う女の子。
まだ名前も知らない女の子だったが、健気な様子の女の子に、俺は心を打たれた。
今までグイグイくる女の子が大半だったから、こういう内気で初心な女の子にはとても好感が持てる。
「じゃあ、是非」
「っ! は、はいっ!」
俺の言葉に、ぱあっ、と笑顔になる女の子。
こういう女の子、俺がいた世界では到底会えないタイプだ。
……天使に見える。