躓く石も縁の端


「殺されてたかもね」
私が言ったその言葉に、七松君は辛そうな顔をした。七松君の隣にいる”いさっくん”も。他の人の顔は見えなかったけれど、息を呑むような音は聞こえた。混乱してしまう。君達は危険人物なのか、それとも優しい人達なのか。よく分からない。君達の本性は、一体どこにあるんだろう。



「先輩方、学園長先生が帰ってこられました」



突然、障子越しにその声が聞こえた。次の瞬間、障子が向こうから開けられた。障子が開けられた向こうには、群青色の忍装束を着た男が5人、背の小さなご老人が1人、二足歩行で立つ犬。……えっ、二足歩行!!? 「ふむ、そなたが珍妙な格好をした女子か」と言うご老人の言葉に、私はご老人へと顔を向ける。……だが、どこかで見たことのあるような顔に、私は疑問を浮かべる。そして、ご老人も私をジッと見て目を離さない。



「……おぬし、もしや小梅か?」



目を丸くしたまま、呟くようにそう言うご老人。私はお祖母ちゃんの名前が出たことに、驚く。どうして、この人がお祖母ちゃんの名前を知ってるんだろう。もしかして、本当に妖だったりして……?



「”小梅”は祖母の名です」
「っ! ……そうか、小梅の孫か。若い頃の小梅によく似ておる」
「……祖母を、御存知なんですか?」
「ああ、知っておるとも。……昔、よく一緒に居たものよ」



懐かしそうに、そう笑みを浮かべながら言う老人。そして、私の元へ歩み寄る。そのことに周りに居る忍装束を着た人達は「学園長先生、危険です!」と老人を止めようとするが、老人は「大丈夫じゃ」と言い、私の目の前に座った。



「近くで見ると、ますます似ておるのぉ」
「は、はあ……」
「小梅は、元気か?」
「えっと、……はい」
「そうか。……夏目レイコを、知っておるか?」
「っ……」



私は、再び驚いた。夏目レイコは、お婆ちゃんの親友だった人だ。しかも、同級生の夏目貴志の祖母だ。私と夏目は喋ったことはないけれど。私の様子に知っていると分かったのだろう、老人は「レイコは今どうしてる?」と聞いてきた。……どう答えよう……。俯きながら「亡くなりました」と正直に言うと、老人は息を呑んだ。チラッと老人を見ると、老人も顔を俯かせていた。……そんなに、仲が良かったのだろうか。



「詳しいことは私も知らなくて……、でも、お孫さんが私と同い年の男の子だということは知ってます」
「そうか、そうか。……レイコも、所帯を持つことが出来たんじゃな」



寂しくも、嬉しそうな顔をする老人。その目には、涙が薄らと浮かんでいる。その涙を指で拭きとると、私の顔を見た。そして、優しく微笑む。



「小梅とレイコも、おぬしのように此処へ紛れ込んだ。どうじゃ、帰れるまで此処に住まんか?」



よく分からない言葉に、私は素直に返事をすることができなかった。「紛れ込む」とは、どういうことなのだろうか。「帰れるまで」とは、どういうことなのだろうか。頭が混乱してきた。
何故、この人はお祖母ちゃんとレイコさんを知っている? 何故、初めて会った私に優しくする? これは、妖の罠か……?



「い、いえ……、帰り、ます……」



初めて見る知らない人達に、知らない場所。警戒され、監視され、挙句の果てには優しくされた。不審、としか思えない。危険だ。きっと、この人達は私を殺す。妖の罠だ。



「……本当に小梅にそっくりじゃ」



ふいに呟かれた、その言葉。懐かしくしみじみと言う老人の言葉に、私はどう対応すべきか困る。老人を見ると、老人は私の視線に気づき、私の頭を優しく撫でた。その行動が何を意味するのか、全くと言って良いほど分からない。



「人間は嫌いか?」
「…………」



何、その質問。……嫌い、というより、苦手だ。普通の人達には妖が見えない。だから、妖を見て怯える私を、周りは「恐い」と、「気味が悪い」と、関わらないようにした。ずっとずっと1人だったけれど、お祖母ちゃんが居たから頑張れた。他に何もいらない。



「……では、妖は嫌いか?」
「っ!」



老人のその質問に、私は驚いてしまった。途端に、体が老人に対して拒否反応を起こす。でも、後ろは既に壁がある。後ずさりたくても、後ずさることは出来ない。



「似ておるのう。小梅とレイコも、最初はおぬしのように警戒していた」



お祖母ちゃんとレイコさんも……?



「安心せい。おぬしは小梅の孫。死なせはせん」



そう言い、再び私の頭を撫でる老人。先程の恐怖とは打って変わり、何故か安心感が芽生えた。
……そうだ、私はこの人を知っている。私が妖を見ることが出来るようになってしまったあの日、1枚の写真を見せてもらった。そこには、若い頃のお祖母ちゃんとレイコさん、そして、若い頃のこの人が写っていた。3人はとても仲が良さそうで、満面の笑みでピースをしていた。



それを思い出した私は、老人の顔を見て小さく頷いた。


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