山の芋鰻になる


事の始まりは、私が事故にあった日から起こっていた。
10歳の頃、私は車に轢かれ、何日か意識不明の状態に陥ったことがある。それからというもの、この世ならざる者が見えてしまうようになった。最初こそは信じられなかった為、妖関係に詳しい祖母に相談した。すると、祖母も妖が見えるというではないか。……私はこの時、事故が起こらずとも、いずれ私は妖が見えるようになったのではないか、と疑問に思った。
そして、17歳の夏。



「……え……」



一体、此処はどこ……?
周りを見渡せば木、木、木。木ばかりで少し薄暗く、なんだか肌寒い。妖が出てもおかしくはない雰囲気に、私はゾッとする。早く此処から出たい。でも、どこに向かって歩けば良いのか全く分からない。



――ガサッ
「ッ!」



突然、どこからか音がした。驚いて音のした方へ顔を向ける。バクバク、と心臓がうるさく鳴る。微かに体が震えるのも感じる。どうか、どうか妖じゃありませんように。汗ばむ手をお祈りをするかのように重ね合わせ、瞼をぎゅっと瞑る。



「――ありっ? 女の子だ」



茂みの中から現れたのは、深緑色の忍装束を見に纏った少年だった。しかも髪の毛が長いのなんの。見慣れない風体の少年に、私は戸惑った。「何してるんだ? 此処に居ると危ないぞ」と言う少年に、私は緊張しながらも「あ、あの……、迷ってしまって……」と伝える。すると、少年は納得したのか「ああ、迷子か」と言い、ニカッ、と眩しいほど元気な笑みを浮かべた。そして、私の腕を掴む。



「出口まで私が案内してやる!」
「え、でも……、」



此処、森の中ですよ……? そう言いたかったけれど、少年が「いけいけどんどーん!」と言いながら歩き出した為、何も言えなかった。っていうか、いけいけどんどんって何……? 首を傾げつつ、後ろから少年をジッと見る。どこからどう見ても忍者にしか見えない。忍者のコスプレをしているだけだろうか? もしくは、この少年も妖の類か……。



「なあ、お前名前は?」
「え……、あ、えっと……」



言ってしまっても良いものだろうか。この少年が危険人物だとすれば、名前を知られるのはマズイ。渋る私を見て察したのか、少年が「あ、まず私が名乗らないとな」と言い、私に振り返る。そのことに少し驚きつつも、少年の顔を見ると、またもや元気の良い笑みを浮かべた。



「私の名は七松小平太! で、お前の名は?」



裏の無さそうな笑顔。自分の名も、なんの躊躇も無く言った。……妖というのは考えすぎだったのかもしれない。たとえ妖だとしても、中には良い妖も居るだろうし。信じてみても良いと思い、「私は比留木鈴奈」と名前を言った。すると、七松小平太と名乗った少年は、「良い名だな!」と私の頭をわしゃわしゃと撫でた。恥ずかしかったけれど、撫でられるのは久しぶりな為、少し嬉しい。



「――動くな。貴様、何者だ?」
「っ仙蔵!?」



首に何か冷たい物が当たった。背後には近くに誰かが立っている。声からして男だろう。それに、七松君とも知り合いのようだ。



「違う! 間者でも敵でもない!」
「それじゃないにしろ、この女は怪しすぎる」
「っでも……」
「良いか、小平太。軽率な行動で後悔するのはお前だ。もっとよく考えた方が良い」
「っ……」



「仙ちゃん」と呼ばれた男の言葉に、七松君は苦しそうに眉間に皺を寄せ、下唇を噛みながら視線を落とした。……状況があまり呑み込めていないけれど、分かるのは私が危険人物とみなされていることだ。



「小平太、この女を学園長先生の庵に連れて行く。良いな?」



有無を言わせぬ言い方。その言葉に、七松君は私をチラッと見た後、「……うん」と悲しそうに返事をした。誰か、説明をください。


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