無い袖は振れない


家に帰った時、玄関先に居たのは、両親と警察の人だった。
両親は私を見た瞬間泣き崩れ、苦しいくらいに私を抱きしめてくれた。家の奥から出て来たお祖母ちゃんに「白髪のお爺さんには会えた?」と聞かれた時には、すぐに大川さんのことだと気づいた。両親や警察には”森の中で迷子になった”と言っておいたが、お祖母ちゃんには本当のことを全て話した。

学校に登校すると、私を見てひそひそ話す人生徒がたくさんいた。まあ、仕方ないだろう。居心地が悪かったが、休み時間には別クラスの多軌さんが会いに来てくれた為、いくらか心は安らいだ。

多軌さんは”見えない人”だ。それなのに、妖をどうにかする為とはいえ挙動不審だった私に……、彼女は優しく接してくれている。多軌さんは、あの夏目君と仲が良いらしいから、何か知っているのかもしれない。



「君が、比留木さん?」



夏目君には、話しておきたいことと、渡しておきたい物がある。だから、多軌さんに頼んで、放課後、夏目君には学校の中庭に来てもらった。
中庭に来た彼はそわそわしていて、何故か隣に居る丸々と太った猫が、そんな夏目君をジト目で見ているような気がした。もしかしたら、告白だと誤解されてしまっているかもしれない。期待させるようでごめんね、夏目君。でも、二人きりになれる方法がこれしか無かったの。



「あの、突然飛び出してごめんなさい」
「い、いや……」
「えっと、個人的に話しておきたいことがあって、」



――夏目レイコさんのこと。
私の言葉に、夏目君も、隣に居る猫も、目を丸くした。




 ***




家に帰ることができて数日が経った。今では、学校内での視線も減り、両親の過保護が増えた気がする。
夏目君とは、あれ以来よく話すようになった。妖、祖母、二つの繋がりがあってのことだ。夏目君とニャンコ先生になら、妖のことを思う存分さらけ出せる。多軌さんは、妖のことを忘れられる、心の安らぎだ。



夏目君が忍術学園に行けなかった理由は、ニャンコ先生にあるのではないかと、ニャンコ先生本人が言っていた。レイコさんもお祖母ちゃんも、私も、妖に追われたから忍術学園へと行けた。しかし、用心棒であるニャンコ先生が妖を追い払ったから、夏目君は行けなかったのではないか、と。そういう考えだ。



何気なく立ち寄った、私が戦国時代へと消えたであろう場所。周りは木だけで、忍術学園はどこにもない。
七松君は、今、何をしてるのかな。



「っ、なな、ま、つくん……! な、なまっ、つ、君っ……!」



じわ、と涙が出てきて、そこから次々と溢れ出てくる。
あの笑顔を見ることが出来ない。あの声を聞くことが出来ない。あの素行に振り回されることもない。これから先、ずっとずっと何年も、……一生、会うことはないのだろう。
どうして、もっと早く、ちゃんと話しておかなかったんだろう。向き合ってさえいれば、深く話すことも出来ただろうに。



今になって、別れが惜しい。


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