落とし穴からの出会い

――不覚だ。
くのたま三年生ともあろう私が、足元を注意することを忘れ、落とし穴に落ちてしまった。しかも、結構深い落とし穴。いつもなら罠に引っかかることはないのというのに。この落とし穴を掘ったのは、天才トラパーと呼ばれる忍たま四年生綾部喜八郎先輩だろう。きちんと直してほしいものだ。……はあ……。此処から出たいけれど、一人じゃ出ることは出来なさそうだ。縄も持ってないし、どうしようかな……。



「誰かいませんかー?」



大きな声で叫ぶのは恥ずかしいので、少しだけ大きめの声で外に向かって言う。しかし、生徒達の楽しげな声が聞こえるだけで、助けてくれそうな人は一向に現れない。「こんな時、秋が居たらなあ……」とぼやきつつ、体育座りで座るり、膝と膝の間に顔を埋める。いつか誰かが気づいて助けてくれると思うけれど、それが一体いつになるのか……。誰かお願いだから早く気づいてください。



「――落ちちゃったの? 大丈夫?」



頭上から声が聞こえた。幼さが残る少年の声だ。顔を上げて空を見上げると、穴のところから誰かがこの落とし穴を覗き込んでいた。えっと、確か同じ三年生の浦風藤内、だったっけ。



「あ、あのっ……、助けてくれると、ありがたいというか……」



相手は初対面で、しかも男。でも、ここで助けてもらえないと、私は餓死してしまう。助けを求めると、浦風藤内はニコッと笑って「うん、待ってて」と言ってくれた。男って怖いイメージがあったけれど、浦風藤内は優しい雰囲気だ。私には好印象。しばらく待っていると、上から縄が落ちてきた。驚いて上を見ると、浦風藤内が縄の端のほうを持って「これで上がれる?」と聞いてくれた。



「だ、大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして。ほら、早く上がってきなよ」
「うん」



浦風藤内の優しさが胸に沁みるのを感じつつ、私は縄で落とし穴の中を登って行く。……よっ、と。頑張って落とし穴から脱出することができた。パンパン、と制服についた土を落とす。そして、浦風藤内に顔を向ける。うわ、綺麗な顔……。



「あの、本当にありがとう」
「ううん、夜になる前に見つけて良かった。あ、名前教えてもらって良い? 俺は三年生の浦風藤内」
「えっと、同じ三年の慶雲雫、です」
「あ、雪郷先輩と同じ姓だ」
「うん。私、その”雪郷先輩”の妹なんだ」



私の言葉に、浦風は唖然とする。そして、数秒固まった後、「そういえば似てるかも……」と呟いた。



「姓で呼ぶとややこしいか」
「そうだね、どっちか分からないし」
「んー…、そうなると名前で呼んだほうが良いかな?」
「え? えっと、私はどっちでも」
「じゃあ、雫って呼ばせてもらうね」



いきなりの名前呼びに、私はひどく動揺する。今まで、初対面で名前呼びをされたことなどなかった。男なら尚更だ。私が戸惑っていると、浦風が不安そうな顔で「ごめん、迷惑だった……?」と聞いた来た。私は慌てて、首を横に振る。



「そ、そんなことないよっ。慣れてないだけだから、大丈夫っ」



私の言葉に、浦風はホッとしたように「良かった」と微笑んだ。浦風の女の子のような綺麗な顔に、私は見惚れてしまう。こんなに綺麗に笑えるなんて、羨ましい。



「じゃあ、俺のことも名前で呼んでほしいな」
「えっ、良いの?」
「うん」
「えっと……、では、お言葉に甘えて」



お友達、一人増えました。

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