19
甲州街道
日野で一日逗留した後、熱烈な歓迎を受けている局長を残し、隊は出発した。日野で新たに加わった者も含め、隊士は300名以上に膨れ上がっていた。
甲府城は新政府軍の手に落ち、更に甲州の地元部隊は新政府軍の支援に回っていた。その報せを受けた局長が合流したのは明け方だった。副長が出立した数刻後、入隊したばかりの隊士が発砲して戦いが始まった…――
***
目の前に凄まじい光景を見ながら、私こと雪村千鶴は、近藤さんと共に本陣に居た。と、そこに、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。そちらへ顔を向けると、額に汗を滲ませ焦った表情をした原田さんが居た。
「撤退命令を出してくれ!! アイツ等、新型の銃を持ってやがる!!」
「馬鹿者!! 敵を目前にして怖じ気づいたか!!」
「っ……」
そこに、斎藤さんと永倉さんも慌てた表情で走ってきた。
「局長、南から敵が押し寄せてきます」
「北からも来てるぜ!!」
「ここはひとまず退いて、態勢を立て直すべきだ!!」
この状況、私から見ても非常にマズイと思う。しかし、近藤さんは鞘から刀を抜いた。それが何を意味しているのか、私は瞬時に分かってしまう。
「武士ならば、命ではなく名を惜しめ!! 突撃ぃぃぃっ!! 我らの力と気迫を見せてやれ!!」
数人の兵士達と共に、敵の方へ突撃してしまった近藤さん。私達は、慌てて近藤さんを追いかける。と、その時、近藤さん目掛けて砲弾が飛ばされた。思わず「近藤さん!!」と叫ぶが、砲弾は近藤さん付近に、ドォォオン!!、と音を立てて落ちた。
「っ……!!」
近藤さんは、なんとか砲弾に直撃せずに倒れ込んだ。命に別状は無いが、一緒に突撃した兵士達の息は無い。私達は、近藤さんに駆け寄る。
「近藤さん……、気合いで戦ができる時代は終わっちまったんだよ……」
「…………」
「近藤さん、頼む!! もう部下が無駄に死んでいくのを見るのはたくさんだ!!」
原田さんと永倉さんの言葉に、近藤さんは眉間に皺を寄せ辛そうな表情をする。そして、やむを得ず「……撤退だ」と呟いた。二人はすぐに「前の隊士達を退かせてくる!」「しんがりはもちろん、俺が引き受けるぜ」と近藤さんに言い残し、走って行ってしまった。近藤さんは俯きながら、敵が居る方へを体を向ける。その後ろ姿は、どことなく寂しげだった。
「斎藤君、後は頼んだぞ。俺は……、ここを死に場所と決めた」
近藤さんの言葉に、私は思わず「駄目です、近藤さん!!」と大声を出しながら近藤さんの羽織を掴んで止めさせる。
「雪村君、放しなさい!!」
「嫌です!! ここで近藤さんが死んでしまったら、土方さんは…、新選組はどうなるんですか!!?」
「俺に、生き恥をさらせを言うのか!!?」
近藤さんの悲痛な怒鳴り声に、私は羽織を掴んでいた手を離す。だが、近藤さんを止めたい気持ちは変わっていない。だって、近藤さんは間違ってる。
「生きて責任を負うほうが辛いかもしれません……。でも、だからこそ生きてください!」
「雪村君……、……分かった」
そう頷く近藤さんに、私はひとまずホッとする。次は此処から撤退しなければならない。私は、斎藤さんと共に近藤さんを撤退させる為、逃げ道を確保しながら走る。
***
逃げ道を確保しながら走っても、次々と羅刹が襲ってくる。先程、羅刹に襲われた為、斎藤さんが応戦してくれた。斎藤さんに「行け!」と言われ、私は近藤さんと二人で逃げる。だが……、
「やっと会えたね、千鶴」
私達の道を、何者かが阻んだ。私と近藤さんは立ち止まり、相手を見る。
「あなたは……、――薫さん?」
「雪村君、知り合いなのか?」
「はい、前に京で一度……。でも、どうして此処に? その姿は?」
京で会ったときは髪の毛が長く、きちんとした着物に身を包んでいた薫さん。でも、今は髪の毛が短くなっており、黒色の洋装に身を包んでいる。その姿は、男の方にしか見えない。
「そうか、沖田から何にも聞いてないんだね。これが俺の本来の姿……、性別を偽ったのも、今日ここに来たのも、全ては唯一の目的の為。妹であるお前を救う為だよ」
「妹? でも私……、」
「この顔だけでは信じられないか?」
薫さんはそう言ってクスッと微笑み、腰に差してある刀を私達に見せた。それだけでは、よく分からない。あの刀がどうしたというのだろう。
「この刀”大通連”は、お前の”小通連”と対になっている。お前はこれが雪村家に代々伝わる刀だと承知しているはずだ」
「っ!?」
「それから、綱道は俺達の実の父親じゃない」
その言葉に、私は唖然とする。何も言葉が言えない。
「雪村家が人間共に滅ぼされた折、お前は分家の綱道の元へ、俺は土佐の南雲家に連れ去られた」
「…………」
「俺は今、綱道のおじさんと雪村家の家を再興しようとしているんだよ」
「父様と!!?」
次から次へと知らされる真実に、私は混乱してしまう。もしかしたら、薫さんの言っていることは嘘なのかもしれない。けど、こんなに次々と嘘が言えるだろうか。
「おじさんが改良した変若水で弱点を克服した羅刹を作り、彼らを使って人間を滅ぼし、鬼の世を創るのさ」
「っ!!?」
「今頃新選組は、その羅刹によって全滅してるだろうね」
「そんな……!!」
思わず口へ手を当てる。私の知らない間に、父様がそんなことをしていたなんて……。薫さんが笑顔で「お前が頼れるのは、もう俺しかいないんだよ」と言った。その言葉に、近藤さんが私の前へと出て、刀を構えた。
「死にたいらしいね」
そう言い、刀を構える薫さん。私は慌てて、近藤さんの前へ出て腕を広げる。近藤さんは、絶対に死なせない。近藤さんを庇う私を見て、薫さんは眉間に皺を寄せる。
「そこを退くんだ」
「嫌です!! 私、約束したんです。近藤さんを守り生き抜くと」
「……雪村君」
「たとえ兄妹でも、私は戦います!!」
震える体を抑えようと頑張りながら、私は鞘から刀を抜いて構える。薫さんを殺してでも、私は生きて近藤さんを守り抜かなければならない。
「お前は、兄である俺に刃を向けるのか……? 鬼の一族を虐げてきた人間を庇うのかッ!!? 俺がどれだけお前をッ…――!!!」
「あっ……!」
怖いほどの剣幕で私へと刀を振り下ろす薫さん。私はそれを刀で受け止めるが、力負けをしてしまい、刀を地面に落としてしまう。尻餅をつく私に、薫さんは刀を降ろして私に手を差し伸べる。
「もう一度だけ言う。千鶴……、一緒に行こう」
「……行きません」
「……分かった……。ならばいっそ、俺の手で……!!」
刀を振り上げる薫さん。私の手元に刀は無い。……ごめんなさい、土方さん。絶対に生き延びろって言われたのに……。心の中で土方さんに詫びつつ、目をギュッと瞑る。
――ッギィィイン!!
「させません」
「しつこい男は嫌われるよ」
刀と刀が交わった音。いくら経っても体に痛みが来ない。そして、聞き慣れた男女の声。私は恐る恐る目を開け、目の前の光景を見る。そこには、薫さんと刀を交わらせた。寧さんの姿と、背を向けながら私達の目の前に居る沖田さんが居た。二人共、それぞれの洋装に身を包んでいる。
「寧さん!?」
「総司……!!」
白髪姿の沖田さんは、今羅刹になっているということだ。寧さんを見ると、力で薫さんをのけぞらせていた。薫さんが後ろに飛んで後退し、寧さんと距離を取った。
「こんな陽の下で羅刹の力を使うなんて、随分頑張るね」
「別に大したこと……、っゲホッゲホッ……!!」
「ほら、変若水じゃ労咳は治らないと言っただろ」
「っ!?」
地に膝をつき、咳込む沖田さん。そんな沖田さんに、寧さんはすかさず駆け寄って沖田さんの背中を優しく撫でる。だが、沖田さんは無理矢理立ち上がり、鞘から刀を出して構える。しかし、その姿は今にも倒れてしまいそうだ。
「随分苦しそうだね。今、楽にしてあげるよ」
刀を構える薫さんの目は、沖田さんを捉えている。が、その時、風と共にとある人物が現れた。――風間千景さんだ。風間さんは私達の前に立ち、薫さんを見ている。
「何故、綱道は羅刹共を率いている?」
「羅刹を使って、雪村家を再興する為さ」
「……鬼の誇りを忘れ、雪村の名を汚す真似は…――許さん」
――ドッ!
「ぐっ!? あ……!!」
何の躊躇もなく、風間さんは薫さんの胸を刀で貫いた。薫さんの口や貫かれた箇所からは、ドバドバ、と血が大量に流れ出る。そのことに硬直していると、薫さんが私へと弱々しく手を伸ばした。と、同時に、頭の中に何かが流れてくる。私と薫さんが幼い頃、二人で一緒に遊んでいる光景だ。……この記憶は……。
「薫……!!」
私は思わず、薫へと近づき手を掴もうとする。だが、薫は力なく倒れ、動かなくなってしまった。私は唖然とし、ただ死んだ薫の姿を見つめている。
「……道を外れた綱道も斬らねばならぬ」
静かにそう言う風間さん。私は思わず、風間さんを睨んだ。だが、風間さんはそれを鼻で笑い、寧さんへと視線を向けた。
「見ぬ顔だな」
「……沖田総司の小姓を務めている、萩野寧と申します。以後、お見知りおきを」
「……天霧のような女だな」
軽く頭を下げて丁寧に言う寧さん。しかし、風間さんは少し反応を見せただけで、私達の元を去ってしまった。だが、私は風間さんに言わなければならない事がある。私は慌てて、風間さんを追いかけた。
「風間さん、待ってください! 私に時間をください!!」
私の言葉に、風間さんが立ち止まって私を見る。私も追いかけていた足を止め、風間さんを見る。
「人間を滅ぼすなんて、そんなこと父にさせたくないんです。話せばきっと父も過ちに気づいてくれるはずです。お願いします!!」
バッ、と頭を下げる。これで「駄目だ」と言われたらどうしよう。不安に押しつぶされそうになりながら、風間さんの返答を待つ。
「……良いだろう」
風間さんの言葉に、私は顔を上げて風間さんを見る。
「忘れるな、鬼は必ず約束をまもる。――…お前も必ず、約束を果たせ」
「……はいっ!!」
そう返事をし、私は風間さんと別れた。皆の元へ戻ると土方さんが合流していて、全員で薫の死体を土の中へと埋めた。それから私達は斎藤さんと合流し、なんとか江戸へと落ち延びたのだった――