変魂-へんたま- | ナノ

『好きで愛おしすぎて仕方ないんだ』


仕事が終わり、風呂に入った。仕事をした後の風呂というのは、なんだかいつも以上に気持ちの良いものだ。風呂から出た後は、鼻歌を歌いながら自室へと向かう。星が綺麗な夜空を見上げると、足取りが軽くなった。はあー、疲れたあー。首にかけてある手拭いで、濡れている髪の毛を乱暴に拭きながら自室に入る。が、足を一歩部屋に入れた状態で私は固まった。誰にもいないはずの部屋に、驚くべき人物が居たのだ。



「あ……、あの、お仕事お疲れ様でした」



「四人目の天女様」と呼ばれる「朝倉小夜」ちゃん。その子が、私の部屋に居た。小夜ちゃんの存在に驚きつつ、「うん、ありがとう」と返答をする。どうやらこれから一緒の部屋で過ごすことになったらしく、「宜しくお願いします」と律義に頭を下げる小夜ちゃん。私も「こちらこそ宜しくね」と言いつつ、小夜ちゃんの前に座る。小夜ちゃんは余所余所しくも、再び口を開いた。



「あ、あの、その、恐がってしまって、ごめんなさい……」
「ううん、死者が目の前にいて恐がるのは当然だよ」
「有難う、御座います。……あの、神田さん、」
「あ、”冬さん”もしくは”冬ちゃん”って呼んで」
「あ、では冬さんで。えっと、それで……、」



そう言いながら、着替えた着物の裾から何かを取り出す小夜ちゃん。此方から見たら何枚もの白紙を、小夜ちゃんは私に「どうぞ」と渡した。少し首を傾げつつ、「これは?」と聞くと、「写真です」と言った。その言葉に、私は白紙を全てひっくり返してみる。



「――ッ!」



確かに、白紙の正体は写真だった。しかも、私と関わりの深い人達の写真だった。家族の写真、ペットの写真、親戚の写真、友人達の写真。誰もが皆、笑みを浮かべている。これ、なんで小夜ちゃんが……?



「その写真は、冬さんの棺の中に入れたはずなんですが……」



私の遺体と共に燃えたはずの写真が此処にある。それは、神様や仏様が私の為に、写真を小夜ちゃんに持たせたような感じがする。
「良い、冬紀? 家族はね、何処に居ても家族なんだよ」と、以前、お母さんが何気なく言った言葉を思い出す。その時は、笑いながら「急にどうしたよ?」と返答した。けれど、今では、その言葉が私の心を温めてくれる。不意に出てくる涙を、私は乱暴に拭く。それでも出てくる為、必死に堪える。



「ありがとう、小夜ちゃん、……ありがとう」



感謝してもしきれない。ずっと離れていた家族の暖かみが、今ではこんなにも近くにある。この写真は、ずっと大切にしよう。私が再び死ぬ、その時まで。



「私ってば、泣いちゃってみっともないね」



自分を嘲笑いながら、そう言う私。でも、小夜ちゃんは「いいえ」と首を振った。そして、苦笑しながら私の涙をハンカチで拭ってくれる。小夜ちゃんの優しさに更に涙が出そうになりつつも「ありがとう」と、私は再びお礼を言った。



「あの、御無理をするなら私に相談していただけませんか……?」



小夜ちゃんの口から出た言葉に、私は唖然とした。私の様子に、小夜ちゃんは慌てて「ず、図々しくてすみません!」と謝った。そんな、謝ることじゃないのに。



「……冬さんの気持ち、分かるんです。家族や友達を離れて、もう会えない。なのに、この世界では生きていられる。その辛さや苦しさ、私なら一ヵ月も二ヵ月も耐えられません……」
「……そうだね。実は、最初ここに来たとき、死のうかなって思ったときもあったんだ」



私の言葉に、小夜ちゃんが「えっ!?」と驚いた顔をあらわにする。その反応を見て、私は薄らと笑みを浮かべる。
でもね、伊作と三郎が私のことを信じてくれて、今では元気にやれてる。私が二度死ななかったのは、伊作と三郎が側に居てくれたからなんだ。そう笑いながら言う私。この言葉は、絶対本人達の前では言えない。周りにいる六年生や五年生達にも言える言葉じゃない。知られたら、絶対ニヤニヤするに決まってる。



「私は自分でも自覚してるひねくれ者だから、本人達の前では絶対言ってやらないんだ。だから、小夜ちゃんもこの話は内緒ね?」



ニヒッ、と悪戯をするような笑みを浮かべて言うと、小夜ちゃんは「あ、はい」と戸惑ったように返事をした。
小夜ちゃんは良い子だ。美人だし。私の前までの天女は「アイツ等は性格が悪かった。冬さんも性格は良い方じゃないけど、私は断然冬さん派だ」と三郎が言うくらいに性悪だったらしい。……三郎の言葉はなんだか複雑だったけれど。確かに性格は良い方じゃないと思うけどさァ、本人目の前に言うのはさァ、ちょっとデリカシー無いっていうかさァ、……ねェ?



「そういえば今日、鉢屋三郎に会いました」
「マジで」
「はい。その時に、”冬さんに何かしたら容赦しない”って言われました。相当冬さんのことが好きなんですね」



そう言いながら、綺麗に微笑む小夜ちゃん。しかし、私は小夜ちゃんから目を逸らしていた。何を言っているんだ、あの馬鹿三郎は。陰でそんなこと言われたら、嬉しくて仕方なくなるじゃないか。



「……照れてます?」
「いいえ、照れてませーん。さ、寝よ」
「ふふ、そうですね」



私の本心に気づいてのことなのか、小夜ちゃんはいまだに微笑んでいる。その微笑みを見て、私は照れくさくなって布団の中に潜り込んだ。三郎のせいで、更にこの世界が好きになってしまった。死ねなくなるじゃないか。



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